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「破産して、泣きつくのを待つ」。ストをする脚本家に対する非情で残酷な戦略

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ストをしている間、脚本家たちには仕事がない(筆者撮影)

 ハリウッドの脚本家たちがストライキに入って、ほぼ2ヶ月半。メジャースタジオや配信会社のオフィスの前には今も脚本家たちが毎日ピケを張っているが、交渉は一向に進んでいない。全米脚本家組合(WGA)と全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)が求める条件に開きがありすぎ、どちらも妥協を拒否して話し合いの席にもついていないからだ。

 そんな中、業界サイト「Deadline.com」は、スタジオや配信会社の考えをスクープした。報道によると、彼らは、仕事できない期間が長引き、家賃や家のローンを払えない脚本家が出てくる10月まで今の状態を続けようと思っているのだという。追い込まれた脚本家たちは組合のリーダーに泣きつき、AMPTPと話し合いを持ってくれと頼んでくるはずで、そうなれば交渉は圧倒的に有利になると思っているというのだ。内部事情を知る人は、匿名で「残酷だが必要悪」とコメントしている。

 この非情な態度は、俳優たちに対する姿勢と対照的だ。全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)がストライキまで秒読み段階に入った現地時間12日午後、メジャースタジオのトップは第三者に仲裁に入ってもらうことを提案しているのである。それとは別に、タレントエージェンシーのトップふたりも、自分たちが仲裁してもいいとオファーをかけている。だが、その有力なふたりのタレントエージェントは、脚本家に対しては同じように助けてあげようとしない。俳優のストライキが避けられても、脚本家がストライキをしていれば、撮影は中断したままだというのに、そこは放置なのだ。

 そこには、2021年、WGAがタレントエージェンシーを訴訟したことが関係していると思われる。自分たちが抱える監督、脚本家、俳優をセットにしてプロジェクトをスタジオに売り込み、スタジオから高額な「パッケージ料」を取るということをエージェンシーは日常的にやってきたが、WGAはそれが利益相反だとしてやめさせようとしたのだ。結果的にエージェンシーは折れて、クライアントをセットで売り込んだ場合も「パッケージ料」は取らず、それぞれのギャラの10%をコミッションとして取れるだけになってしまった。つい最近の出来事だけに、まだその時の苦い思いを忘れていないようだ。

彼らはWGAの崩壊を願っている

 撮影がストップしていても、俳優のストを避けられれば、俳優たちに、すでに完成した映画やテレビのプロモーション活動をやってもらうことができる。また、テレビ局や配信会社は、新しい作品を作ることができない間、リアリティ番組や、海外の作品で凌いでいくという手がある。理想的ではないにしろ、それにはコスト削減につながるという利点もある。

 とりわけ配信会社は今、新規会員獲得のためにコスト無視で大量にコンテンツを作り続けた最近までの姿勢を大きく変え、収益を出すことを重視するようになっている。そんな中、WGAは、今回の交渉案件のひとつとして、それぞれの作品に必ずこれだけの人数の脚本家を、これだけの期間雇わなければいけないという新たなルールの設置を求めてきている。これまで、Netflixをはじめとする配信会社は、伝統的なテレビ局より安く、期限をできるだけ短くして脚本家を使い、その部分の経費を抑えてきた。そのせいで脚本家の収入が減り、WGAはストを起こしたわけだが、もともと脚本家へのリスペクトがない配信会社にとって、WGAはやっかいな存在でしかない。ストライキで脚本家がギリギリに追い込まれ、WGAが潰れてくれれば、彼らにとっては都合がいいのだろう。実際、「Deadline.com」の記事の中で、匿名のスタジオエグゼクティブは、そう語っている。

 しかし、それはあまりにも冷たい。ソーシャルメディアには、「必要悪だって?いや、単に悪だよ」「自分たちを金持ちにしてくれた人たちを苦しめるのか」など、スタジオや配信会社への批判の声が多く寄せられている。また、「破産するのは脚本家だけではない」、「両方がお互いを破壊し合って、結果的にみんなが苦しむ」と、ストライキの影響は、クルーや周辺ビジネスにも及んでいる事実への指摘も見られる。スタジオと配信会社に意思表示すべく、「ストライキが終わるまで映画館に行くのをやめよう。サブスクも解約しよう」、「誰が一番のボスなのかを観客は示すべきだ」とボイコットを訴える声もある。

 こういった大きな反響を受けて、AMPTPは、「Deadline.com」に対し、「(記事に出た)匿名の人たちはAMPTPや、AMPTPに参加する会社を代表して語っているのではありません。AMPTPは(WGAとの新たな)契約を結び、業界が仕事に戻れるよう努めています」と声明を発表した。これ以上苦しみが大きくならないために、それが本当であることを祈りたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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