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予算は今の10分の1。「ワイルド・スピード」の始まりを振り返る

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
シリーズ10作目「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」

 先週末に公開された「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」が、世界中でヒットしている。現在までの全世界興収は3億4,800万ドル。1週間でここまで稼げたのは、スタジオにとって良いニュースだ。なにせ、この映画にはシリーズで過去最高である3億4,000万ドル(約476億円)の製作費がかかっているのである。これは、広告宣伝費を含まない数字だ。

 パンデミックのルールに対応しなければいけなかったこと、インフレが進んだこと、キャストがさらに増えてギャラの総額が上がったことなど、理由はいろいろ。にしても、ひとつ前の「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」の製作費は2億ドルだったので、7割増しである。だが、さらに遡ると、差はもっと明確。2001年に公開された最初の「ワイルド・スピード」の予算は、なんと3,800万ドル。最新作のおよそ10分の1だったのだ。

 世界のあちこちを舞台に、車が飛行機から落ちてきたり、宇宙に行ったりする派手で楽しいアクションは、このシリーズの大きな魅力。しかし、シリーズをずっと見てきたファンならご存知のとおり、最初の映画は小規模で、もっと現実に根付いていた。そもそも、始まりは雑誌の記事なのである。

 当時25歳だったケン・リーという記者が書いた「Racer X」というその記事は、ニューヨークのアンダーグラウンドで行われている違法カーレースについて語るもの。ロブ・コーエン監督はその記事に興味を持ち、ユニバーサル・ピクチャーズが映画化権を取得した。脚本はゲイリー・スコット・トンプソンとエリック・バーグクィストが手がけ、途中から雇われたデビッド・エアーが、舞台をニューヨークからロサンゼルスに変更する。ロサンゼルスはこのカルチャーの発祥地で、著者のリーも異議はなかったそうだ。

まだスターではなく、ギャラは安かった

 キャスティングにおいて先に決まったのは、ブライアン・オコーナー役のポール・ウォーカー。結婚していない相手との間に子供ができ、養うために仕事をがんばらなければと焦っていたところへ、ニール・H・モリッツから声がかかった。ウォーカー、コーエン、モリッツは、ちょうど「ザ・スカルス/髑髏(ドクロ)の誓い」で組んだばかりだったのだ。

 一方、ドミニク・トレット役に、スタジオは、やはり車がテーマの「60セカンズ」に出たところだったティモシー・オリファントを希望。しかし、オリファントに断られてしまい、モリッツはヴィン・ディーゼルを候補に挙げた。「彼はぜひやらせてくれと自分を説得してくると思っていたら、僕が彼を説得しなければならなかった」と、モリッツは、「Entertainment Weekly」に対して、ディーゼルとの初めてのミーティングを振り返っている。

 ウォーカーも、ディーゼルも、当時は決してスターではなかった。6作目「ワイルド・スピード EURO MISSION」が公開された2013年、ウォーカーは、筆者とのインタビューで当時を振り返り、「僕らふたりは比較的無名で、あまりお金がかからない。スタジオにしたら、リスクが低かったんだ。だが、テーマがテーマだから、興味を持つ層はある程度いるかもしれないと、スタジオは考えた。うまくいけば当たるかもしれないと。そして僕らは幸運を得たのさ」と語っている。

 撮影は、ロサンゼルスとその周辺で、3ヶ月かけて行われた。メジャースタジオの映画では、撮影現場に記者を呼んで取材してもらう「セットビジット」というものがよく行われるが(筆者自身も、このシリーズのセットビジットに何度か呼んでいただいた)、モリッツによれば、1作目ではそれもなかった。「僕たちは、誰からも気にされない映画を作っていたんだ」と、モリッツ。しかし、観客を入れてテスト上映をすると、思いのほか反響が良かった。これは当たるかもしれないという感触を持ったのは、その時だ。

 映画は2001年6月22日に北米公開され、見事、首位を獲得。最終的に、北米で1億4,400万ドル、全世界で2億ドル以上を売り上げた。この1作目に関しては国内の売り上げが大きな部分を占めているが、その後、海外市場の成長に伴い、このシリーズでも北米外からの貢献のほうが大きくなってきている。現在公開中の10作目も、北米興収は8,100万ドルであるのに対し、北米外の売り上げは2億7,000万ドルと、3倍以上だ。

意図せずして時代の先を行っていた

 1作目が予想以上に当たった理由について、過去に、ウォーカーも、ディーゼルも、多様な顔ぶれが出ていることが大きいと述べている。ハリウッドが多様性への努力を本気で始めたのは2016年だが、「ワイルド・スピード」は、それよりずっと前に、政治的な意図とは何の関係もなく、ごく自然にそれをやっていたのだ。

「ロブ・コーエン監督は、(ロサンゼルスの)サンファーナンド・バレーで違法レースが行われている状況をしっかりとらえたかったんだよ。サンファーナンド・バレーは、人種のるつぼ。黒人、アジア系、ヒスパニック、白人、みんないる。それをそのまま映画に入れ込みたかったんだ。観客はそこに反応した。自分が知っているような顔の人たちが、自然な形で描かれているから。これはリアルだと人は感じるんだよ。だからこのシリーズはこんなに続いてきたんだと思う」(ウォーカー。2013年の筆者とのインタビューより)。

 コーエンが作った小さなヒット映画は、時間が経つ中でどんどん大きな映画になって、より大きくヒットするようになった。そんな中でトーンも少し変わってきたが、1作目の要素や精神も、ちゃんと残っている。あと1作か2作を残すのみとなったこのシリーズは、最後にどこまで大きくなるのか。フィナーレまでしっかり見守りたい。

場面写真:(c)Universal Studios. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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