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誤射事件のアレック・ボールドウィン、起訴取り下げの大逆転。続いた検察の不手際

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 撮影現場で銃が発砲され、死人が出た事件で起訴されていた俳優アレック・ボールドウィンに、朗報が訪れた。ニューメキシコ州の検察が態度を一転し、彼への起訴を取り下げると決めたのである。

 ボールドウィンの弁護士ルーク・ニカスとアレックス・スピロは、「アレック・ボールドウィンに対する起訴が取り下げられることを嬉しく思います。この悲劇的な事故について、事実と状況が正しく捜査されることを願います」との声明を発表した。ボールドウィン同様、過失致死の疑いをかけられた武器担当者ハンナ・グテレス=リードは、変わらず起訴されたままだ。

 事件が起きたのは、2021年10月21日、低予算のインディーズ映画「Rust」の現場。ランチ休憩の後、主演兼プロデューサーのボールドウィンは、監督のジョエル・ソウザ、撮影監督のハリナ・ハッチンスと、次のショットで銃をどう出してきて構えるべきかを話し合っていた。だが、ある瞬間、ボールドウィンが持っていた小道具の銃が、間違って発射されてしまう。その銃には、撮影現場にあるはずのない実弾が入っており、ハッチンスは死亡。ハッチンスの体を突き抜けてきた実弾が肩に当たったソウザも怪我を負った。

 この映画で武器の管理を務めたグテレス=リードは20代で、映画の経験はこの前にたった1本のみ。彼女が用意した銃を確認するという義務を怠り、「コールドガンです」と安全を宣言してボールドウィンに手渡したのは、助監督のデイヴ・ホールズだ。ホールズは司法取引に応じた結果、半年の保護観察処分で済んでいる。しかし、プロデューサーでもあるとは言え、ホールズが「大丈夫」と言ったのを信じて受け取った俳優のボールドウィンは、最大の責任者グテレス=リードと同じく最長で懲役5年の容疑をかけられた。事件以来、「自分に罪はない」「銃の引き金を引いていない」と主張し続けてきたボールドウィンは、刑務所に入れられる可能性を突きつけられて、大きく動揺したと報じられている。

ボールドウィンの弁護士が指摘した検察側の間違い

 しかし、ボールドウィンの弁護士は、頑張った。そして、彼らに間違いを指摘されるたびに、ニューメキシコの検察の信憑性は揺らぎ、立場を弱めていったのである。

 まず、ボールドウィンとグテレス=リードに最長5年の罪状を与えたのは、検察によるあまりにも初歩的な誤りだった。これは、武器がからんでいた場合に罪が重くなるという新たな州法にもとづくものなのだが、この事件が起きた当時、この法律はまだ施行されていなかったのである。ボールドウィンの弁護士からそう苦情を受け、この部分を取り下げた結果、ボールドウィンとグテレス=リードの懲役は、最大で18ヶ月となった。

 次に、ボールドウィンの弁護士らは、州の議員であるアンドレア・リーブがこの事件の特別検察官を務めるのは違法だと指摘した。ひとりの人間が立法と司法のふたつを手がけることになるからだ。リーブは共和党の議員で、ここにはやや政治の匂いもある。コメディ番組「Saturday Night Live」にトランプ前大統領役で出演し、好きなだけばかにした民主党支持者のボールドウィンは、共和党支持者に嫌われている。「New York Times」は、リーブが地区検事長メアリー・カーマック=オーツウィーズに送った「そのうち、私も出て行ってあなたのお手伝いをしたいと思っているわ。私の選挙にプラスになるかもしれないしね(笑)」というメールを入手し、暴露している。この後、リーブはこの事件の特別検察官を降板。続いてカーマック=オーツウィーズもこの件を降りた。

 さらに、最近になって、ボールドウィンが使った小道具の銃について、新たな情報が出てきたのだ。「Rust」の現場に届けられる前、この銃には新しい引き金が取り付けられており、間違って発射される可能性があったというのである。これまで検察は、FBIが銃を調べたところ何も問題はなかったと主張してきたが、これが事実であれば、「引き金を引いていない」というボールドウィンの言い分に説得力が出る。

 ここ数ヶ月の間に起こったこれら一連の不手際に加え、そもそも、この捜査になぜ1年半近くもかかったのかという素朴な疑問もある。現場にあるはずのない実弾がなぜ紛れ込んだのかということもそうだし、事件が起きた当初に聞かれた、現場で誰かが射撃の練習をしていたという話は結局どうなったのか。検察はそれらのことをしっかり掴んでいて、裁判で出してくるつもりだったのかもしれないが、謎はいろいろと残っている。

映画は撮影再開。ハッチンスの夫はエグゼクティブ・プロデューサーに

 しかし、ボールドウィンは、これでとりあえず大きく肩の荷が降りた。事件以来中断していた「Rust」の撮影は、偶然にも今週、再開されたばかり。ロケ地はニューメキシコ州からモンタナ州に移り、ハッチンスの夫マシュー・ハッチンスがエグゼクティブ・プロデューサーに加わっている。ソウザは、ハッチンスのレガシーに敬意を表するためにも監督に復帰すると語った。

 だが、ボールドウィンと製作陣は、まだ複数の民事訴訟に直面している。これらすべてに片がつくのは、まだ先だろう。この映画が完成し、ついに公開を迎える時、果たして状況はどうなっているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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