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ディカプリオは危うく主役を逃すところだった。「タイタニック」の裏話いろいろ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
当時史上最高ヒット記録を打ち立てた「タイタニック」

 ジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」が、10日から劇場再公開される。

 この映画が世界で初めてお披露目されたのは、1997年秋の東京国際映画祭。同年12月に全世界公開され、当時において映画史上最高の興行成績を打ち立てた。アカデミー賞にも14部門でノミネートされ、作品、監督部門を含む11部門で受賞。この映画を応援するファンが多かったことを反映して、この年のアカデミー賞授賞式番組は、史上最多の視聴者を獲得している。

 だが、公開前、予算オーバーや公開延期などさまざまなトラブルに見舞われたこの映画は、きっとコケると予想されていた。映画を製作した20世紀フォックスですら赤字を覚悟しており、少しでも損失を減らそうと、パラマウントにも少しお金を出してもらう代わりに、彼らに北米配給権を譲ってしまっている。見積もりを大幅に上回る巨額な予算がかかることに罪悪感を覚え、キャメロンは監督のギャラを自ら辞退した。

 だが、その映画は、最もロマンチックな映画として、四半世紀経つ今も世界中で愛されている。そんな傑作の裏にある意外な話のいくつかをご紹介しよう。

キャメロンは最初、ローズ役にウィンスレットを望んでいなかった

 レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのうち、先にキャスティングが決まったのはウィンスレット。だが、キャメロンは最初、ウィンスレットには「オーディションに来てもらわなくてもいい」とまで思っていた。ウィンスレットはすでに時代物の映画に出ていて、「コルセット・ケイト」という言葉も聞かれるほどそのイメージが強かったからだ。

 ローズはジャックに出会ったおかげで、自分らしくあることに目覚めていく。ローズがコルセットを締めるシーンはまさに彼女がしばりつけられていることを象徴するものだが、それを「コルセット・ケイト」と呼ばれる人、つまりそれが似合いすぎる女優が演じるのはどうなのかとキャメロンは思ったのである。

 だが、いざオーディションで会ってみると、ウィンスレットはすばらしかったのだ。ウィンスレットはまた、この役に強い情熱を持っていた。オーディションの後、「私はあなたのローズです」というメッセージを添え、キャメロンに薔薇の花を送ったほどだ。

 そんな経緯があるにもかかわらず、ウィンスレットは、途中、役を降板しそうになったこともある。ずぶ濡れになるシーンも多いのに、役の気持ちに浸ることを重視した彼女はウェットスーツを着るのを拒否し、肺炎になったのだ。しかし、キャメロンに説得されて、無事、最後まで役を演じきった。そしてこの役で彼女はオスカーの主演女優部門に候補入りを果たしたのである。

ディカプリオ、セリフ読みを拒否してチャンスを失いそうに

 先に役が決まったウィンスレットは、ジャック役のオーディションで、候補の俳優の相手役を務めた。ディカプリオがやってきて一緒に演技をした後、ウィンスレットはキャメロンに「絶対この人です!絶対!」と、ディカプリオを選ぶよう猛烈にプッシュしたという。キャメロンの目にも、ウィンスレットとディカプリオのスクリーン上の相性の良さは明白だった。

ディカプリオとウィンスレット。1998年1月
ディカプリオとウィンスレット。1998年1月写真: ロイター/アフロ

 しかし、そこに至ることができたのは、幸運。その前にディカプリオは自分からチャンスを棒に振るようなことをやっているのである。キャメロンのオフィスを訪れたディカプリオは、典型的なオーディションをさせられるのだとわかると、「セリフ読みなら僕はやりませんから」と、傲慢と思えることを言ったのだ。そう言われて、キャメロンは、「そうか。来てくれてありがとう」と、握手の手を差し出した。それはつまり「帰れ」ということだと気づいたディカプリオは、「ちょっと待ってください」と慌て、ウィンスレットを相手にセリフを読むことに同意。その結果、マシュー・マコノヒーなど、ほかの俳優を制してジャック役を獲得することになった。

 とは言っても、オファーを受けてディカプリオはすぐに飛びついたわけではない。難しい役をあえて選んできた彼には、ジャックという役は手応えがないように思え、迷いも感じたのだ。そんな彼を、キャメロンは、「ジャックはローズより精神的に成熟している。ジャックはローズを成長させる。そういう役を演じるのは難しいのだ」と説得した。映画史に残る黄金コンビは、このようにして生まれたのだ。

あの名セリフは現場での思いつきだった

 船の先頭でジャックが「I am the King of the world!」と叫ぶシーンは有名。だが、意外なことに、あのセリフは脚本になかった。あのシーンでキャメロンはいろいろなセリフを試してみたが、どれもピンと来ず、もうすぐ日が暮れることにも焦りを覚え、トランシーバーを通じてディカプリオに「次は『I am the King of the world』と言ってみて」と、思いつきを命じたのだ。それに対して、ディカプリオは「えっ?」と嫌そうな反応をしたが、キャメロンに「いいから言え!」と言われ、従った。

 現場にはそんな流動的な要素もあったが、セットのデザインなどハード面において、キャメロンは綿密にリサーチし、忠実であることを目指している。たとえば、エキストラ。エキストラは普通、役の名前もないものだが、キャメロンは、150人ほどいた中心的なエキストラひとりひとりに名前とバックストーリーを与え、1912年当時のふるまいを教えた。観客がほとんど注意を払わないところにも、そんな配慮がなされているのだ。

1997年秋、東京国際映画祭に出席したキャメロンとディカプリオ
1997年秋、東京国際映画祭に出席したキャメロンとディカプリオ写真:ロイター/アフロ

 完成後にも、興味深いエピソードがある。映画の最後でローズが空を見上げるシーンで、そこにある星が正しくないと、キャメロンは、専門家であるニール・デグラス・タイソン博士から指摘を受けた。タイタニックが沈んだ場所は正確に知られているだけに、そこで見上げる空の星がどうなのかもわかるのだ。それで、キャメロンは、「タイタニック3D」(2012)を公開するに当たり、デグラス・タイソン博士に相談して正しいカットに入れ替えた。今回公開されるバージョンに出てくるのも、もちろん、正しい空である。

ジャックのスケッチブックの絵はすべてキャメロンによるもの

 映画にはジャックがローズの肖像画を描くシーンが出てくるが、実際にあの絵を描いているのはキャメロン。カメラが映す手も、キャメロンの手だ。ただし、ディカプリオは右利き、キャメロンは左利きであるため、ポストプロダクションで逆向きに変えた。

 ジャックのスケッチブックに描かれているほかの絵も、全部キャメロンによるものだ。キャメロンは絵が得意で、自分の映画のコンセプトアートをしばしば自ら描いている。2021年には「Tech Noir: The Art of James Cameron」という本も出版した。

 ところで、あのローズのヌード肖像画は、2011年のオークションで16,000ドルにて競り落とされている。競り落としたのが誰なのかは明らかでない。あの有名な絵は、今、世界のどの街の、どんな家に飾られているのだろうか。

「タイタニック:ジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター」は10日(金)、2週間限定で全国公開。

場面写真:(c)2023 by 20th Century Studios and Paramount Pictures.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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