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ウィル・スミス、テレビ番組で「平手打ち」を語る。「あれは長い間秘めてきた怒りだった」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 世界中をショックに陥れたオスカー授賞式での平手打ち事件から、8ヶ月。ウィル・スミスがテレビのトーク番組でその時を振り返った。

 その番組は、南アフリカ出身のコメディアン、トレバー・ノアが司会を務める「The Daily Show with Trevor Noah」。このタイミングでスミスがゲスト出演したのは12月2日に劇場公開される主演作「自由への道(原題:Emancipation)」を宣伝するためで、全部で20分の出演時間の前半は、映画の話題に費やされている。しかし、インタビューも半ばに差しかかったところで、ノアは、「またあなたに会えて嬉しいです。僕らは誰も長いことあなたの姿をお見かけしませんでした」と話の方向を変え、「あなたにとって、あれはどんな体験だったのですか?」と、オスカー授賞式の夜について尋ねた。

 それに対し、スミスは、「想像できるだろうけれど、あれは最悪の夜だった。あそこには多くのニュアンスがある。とても複雑だ。だが、結局のところ、僕はキレたんだ」と答えている。続いて彼は、番組の収録会場にいる観客に向けて、「その人にどんなことが起きているのか、誰にもわからないんだよ。ここにいる観客のみなさんだってそうだろう。みなさんは今、知らない人の横に座っている。その中には、先週母を亡くした人がいるかもしれない。病気の子供を抱えた人や、失業したばかりの人がいるかも。配偶者の不倫を知った人がいるかもしれないね。人がどんなことに直面しているかなんて、わからないんだよ」と述べ、「あの夜、僕はあることを抱えていた。それがあの行動の言い訳になるとはまるで思っていないが」と告白した。

 内側に抱えていたという辛いことが何なのか、スミスは明かしていない。しかし、「あれはとても長い間秘めてきた怒りなのだ」と言っている。それを爆発させたことで、スミスは身近な人をも傷つけてしまった。9歳の甥だ。

「彼は本当に良い子なんだ。(あの夜)、甥は、家でウィル叔父さんを遅くまで待っていた。僕の膝の上でオスカー像を抱きながら、甥は、『叔父さん、どうしてあの男の人を叩いたの?』と聞いてきたよ。あれは酷い状況だった。誤解されたくないので、ここで詳しく話すことはやめておくけれど」。

 スミスの友人で(クリス・ロックの友人でもある)、番組の司会者であるノアは、「世の中の人たちは過剰反応しました」「あの一瞬であなたという人が定義されるべきではありません」など、終始、スミスに対して同情的だった。最後には「あなたにいつまでも隠れていてほしくありません。完璧な人ではない、という事実もまた、ウィル・スミスをウィル・スミスにするのですから」と言い、会場から拍手が起こっている。

 それを受けてスミスは、「過去2ヶ月ほど、僕は自分が人間であることを許そうと努力してきた。自分が人間であるという事実を僕ほど認めたがらない人はほかにいないよ。でも、僕は、自分自身の中に、人間であるという部分を見つけようと思ったんだ。僕はいつもスーパーマンでありたいと思ってきた。悩める乙女を救う存在でありたいと。だけど、謙虚になって、自分は欠点のある人間なのだと認めることにしたのさ」と語った。しかし、「それでも、まだ外に出ていき、自分が満足する形で貢献し、ほかの人たちを助けることはできると思っている」とも付け加えている。

僕の下した最悪の決断が映画に傷をつけることになってほしくない

 そんなスミスが今、一番懸念するのは、あの平手打ちがこの映画に悪い影響を与えること。

「『自由への道』は、アントワン・フークア監督による大傑作だ。撮影監督のボブ・リチャードソンから(共演の)ベン・フォスターまで、今作はどこを見ても最高クラスのアーティストが揃っていて、彼らはキャリアで最高の仕事をしてくれた。それが僕のせいで否定されるのかと思うと、死にそうに辛い。彼らは僕に声をかけてくれ、僕を信頼してくれた人々。彼らの仕事は評価されてほしい。僕が下した最悪の決断のせいで映画に傷がつくことになってほしくない。そうならないことを心から願っている」。

「自由への道」の一場面(Apple TV+)
「自由への道」の一場面(Apple TV+)

 オスカー授賞式前に撮影を終えていた「自由への道」は、奴隷が解放される時代を舞台にした実話にもとづく意欲作。早くから来年のオスカー狙いと考えられてきたが、映画を製作したAppleは、スミスの平手打ち事件を受け、当然のことながら公開を延期した。しかし、おそらくほとぼりが冷める2024年になるまで公開を待つのだろうと思われていたところ、先月初め、12月2日に劇場公開、同月9日に全世界配信されると発表され、業界を驚かせている。

 スミスの暴力に対する世間の怒りは強く、この判断には「まだ早すぎる」と批判の声が多数聞かれる。しかし、Appleはこの作品に相当自信があるのか、お宝をずっと持ったままにはしないと決めた。スミスに対する嫌悪感を吹き飛ばすほどのパワーがこの映画にあるのかどうかは、誰もまだ映画を見られていない現状ではわからない。だが、ロサンゼルスプレミアは現地時間明日30日。その答は、もうすぐ見えてくる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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