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優秀な看護師は、こっそりと患者を殺し続けていた。実際に起きた恐ろしい話

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
好感度ナンバーワンのエディ・レッドメインがダークな役に挑む

 新しくやってきた看護師は、経験豊かで優秀。人柄も親切で、最も信頼できる存在だ。だが、その人物には誰も知らない別の顔があった。

 26日にNetflixで配信開始になった映画「グッド・ナース」は、実際にアメリカの病院で起きた事件を描くサスペンススリラー。舞台は、オバマケアが導入される前、まだアメリカで誰もが健康保険に入ることができなかった時代。看護師エイミー・ラフレンも、そのシステムの犠牲者のひとり。彼女は心臓に重い病気を抱えているが、治療は高額で、勤務先が健康保険に入れてくれる就業1年に達するのを必死で待ち続けている。病気の事実を知られたら職が危うくなるため、絶対に言えない。

 だが、ある夜、勤務中に不調をきたし、一緒に働いていた新入りのベテラン看護師チャーリー・カレンに、その秘密を知られてしまった。優しい彼は、このことを誰にも言わないと約束してくれただけでなく、満1年が来るまで一緒に乗り切ろうと応援してくれる。家にもしょっちゅう来るようになり、エイミーの娘とも仲良くなった。そんなところへ、ある日、ひとりの患者の死をめぐり、病院に捜査が入ることに。その患者は、エイミーとチャーリーがケアをした女性だ。だがその時、エイミーは、チャーリーが関係しているとは思いもしなかった。

映画は、チャーリーと友情を築いたエイミー(ジェシカ・チャステイン)の視点から語られる
映画は、チャーリーと友情を築いたエイミー(ジェシカ・チャステイン)の視点から語られる

 エイミーとチャーリーを演じるのは、ジェシカ・チャステインとエディ・レッドメイン。役の準備のために、ふたりは数週間、看護学校に通って特訓を受けた。

「初日には、ナイチンゲールに始まる看護師の歴史のビデオを見せられたわ。それから静脈注射のやり方とか、基本的だけれども手袋の脱がし方などを学んだ。胸骨圧迫の正しいやり方もね。メディアにはよく肘を曲げてやる様子が出てくるけれど、あれはダメなの。それに、あそこには独特のリズムがある。そういったすべてのことを、私たちは徹底的に教えてもらったわ」(ジェシカ)。

「新しい作品に出るたびに知らなかったことを学べるのは、この仕事の醍醐味。今作を通じて、看護師さんたちは常に頭の中で科学や数学、人間の体の動きという知的なことと、患者さんの家族と医師の間にいるという感情的なこと、両方をこなしているのだとあらためて気付かされたよ。もちろん前から知ってはいたけれど、これまで以上に彼らに感謝するようになった」(エディ)。

 医療の現場を正確に描写することは、トビアス・リンホルム監督にとって非常に大事だった。

「僕らにはジョーというすばらしい看護師がついてくれて、リサーチの過程から撮影までずっとアドバイスをくれた。彼は役者たちに動き方を教えてもくれたし、カメラが回っている時も何かがおかしいと教えてくれたよ。撮影をしたのはパンデミックが一段落しかけた頃。それもあって、そこまで頑張ってくれたお医者さんや看護師さんに敬意を表するために、看護師さんたちの仕事ぶりを忠実に描かなくてはと、なおさら強く思ったんだ」(リンホルム監督)。

 ともにオスカー受賞者であるジェシカとエディの共演が見られるだけでも、今作はチェックする価値あり。普段からナイスガイの雰囲気がたっぷりのエディはまさにこの役にぴったりで、だからこそじわじわと怖さを感じさせる。

「この映画は、チャールズ・グレイバーという人が書いた原作の最後の3分の1にもとづいている。エイミーがチャーリーに会ったのはその時点だったのだけど、演じる僕にとって、その前がしっかりと書かれているのは大きな助けとなったよ。彼は若い頃に虐待を受け、そのトラウマを抱えていたんだ。役作りのためには、『博士と彼女のセオリー』でもお世話になったムーブメントコーチのアレックス・レイノルズと一緒にチャーリーのビデオを見た。アレックスはその動きを分析して、奥にある感情を見つけてくれたんだ」(エディ)。

撮影現場のリンホルム監督(左)とエディ・レッドメイン
撮影現場のリンホルム監督(左)とエディ・レッドメイン

 チャーリーがどうしてあのようなことをしたのか、その動機は映画で説明されない。彼自身がそのことについて語っていないため、勝手な想像や解釈を付け加えることはしたくなかったようだ。

「実話にもとづく犯罪物の典型に陥るのを避けたかったんだよ。僕は、エイミーが見た形でチャーリーを描きたかったんだ。あの時、エイミーは彼を必要としていた。その後、少しずつ彼は野獣であることを露呈していくんだが、彼は彼女の友達だったんだよ。その部分は、映画を通して最後まで貫きたかった」(リンホルム監督)。

 ラストのシーンでも、そこはしっかりと描かれている。その衝撃のシーンは実際にあったことそのままで、実在のエイミーは「見ていて体が震えた」そうだ。

「彼にはふたつの人格があった。私が知っていた彼は殺人犯ではなかった。優しくて親切な人だった。ユーモアのセンスがあって、忠実な友達。最高のチームメート。殺人犯だった彼に会ったのは、2度だけ。その人は、別人だったわ。それを見抜けなかったことにずっと罪悪感を覚えてきたけれど、今は自分を許している」(エイミー本人)。

 実在のチャーリーがこの映画を見ることがあるとしたら、彼はどう感じるのだろうか。

チャーリーの動機はいまだ解明されていない
チャーリーの動機はいまだ解明されていない

「グッド・ナース」はNetflix で配信中。

写真:Jojo Whilden/ Netflix

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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