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42億円支払命令、イギリスで刑事告訴。「#MeToo」男ケビン・スペイシーはどうなるのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 ケビン・スペイシーが、ますます窮地に陥った。ロサンゼルスの最高裁判所から、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」を制作するプロダクション会社MRCに対し、3,100万ドル(約42億円)を支払うように言い渡されたのだ。

 スペイシーの過去のセクハラが暴露されたのは、「#MeToo」が一気に盛り上がった2017年10月。俳優アンソニー・ラップが「Buzzfeed」に対して過去にスペイシーから受けた性被害を打ち明けると、Netflixはすぐさま、スペイシーが主演とエグゼクティブ・プロデューサーを務める「ハウス・オブ・カード〜」からスペイシーを追い出した。それを受けて、すでに撮影されていた第6シーズンの2話はボツにされ、一から脚本の書き直しがなされることに。そこに大きく時間を取られたため、13話作られるはずだった第6シーズンは8話に短縮され、MRC がNetflixから受けられる支払いが5話分減ってしまった。

 スペイシーが「ハウス・オブ・カード〜」の撮影現場で若い男性にセクハラをしているとの噂はその前から出ていたこともあり、その後、MRCは状況についての調査を開始。その結果、スペイシーはセクハラについての社内規定を破っていたことが判明したとして、MRCはスペイシーを契約違反で訴えた。そして、この件を担当した仲裁人は、スペイシーに損害賠償として2,950万ドル、弁護士代として150万ドルを支払うよう命令。スペイシーは控訴を試みるも却下され、ついに最高裁にも仲裁人に同意する判決を下されてしまった形だ。

 スペイシーにとっては、まさに泣きっ面に蜂。スペイシーは、イギリスで性暴力の刑事犯罪容疑で起訴され、つい先月、ロンドンの裁判所に出廷したばかりなのである。被害者は3人の男性で、現在は30代と40 代。事件は2005年から2008年にかけて起こったとされる。スペイシーは、2004年から2015年まで、ロンドンのオールド・ヴィック劇場の芸術監督を務めていた。

 イギリスでの裁判は、来年6月6日にスタートし、3週間から4週間にわたって行われると見られる。スペイシーは4つの容疑で起訴されており、有罪となった場合、ひとつにつき6ヶ月の実刑または上限の決められていない罰金が言い渡される。より重い罪が認められた場合は終身刑になる可能性もあるというから、深刻だ。

イギリスでの起訴を受けて映画をクビに

 刑事犯罪で起訴されたことは、キャリア復活への夢に大きく水を差すことになった。

「#MeToo」告発で「ハウス・オブ・カード〜」を追い出され、すでに撮影を終えていたリドリー・スコット監督の「ゲティ家の身代金」からも消去されてしまって以来、スペイシーはハリウッドからブラックリストされてきている。しかし、実は水面下で復帰に向けて動いていたようで、今年のカンヌ映画祭では、スペイシーが主演するプロジェクト2本がバイヤーに向けてプレゼンされていた。

 ひとつは「Peter Five Eight」というスリラー。もうひとつは「1242: Gateway to the West」というハンガリーとモンゴルを舞台にした歴史映画だ。このほかに、スペイシーは、最近、イタリア人監督フランコ・ネロの映画「The Man Who Drew God」を撮影している。

 イギリスでの起訴を受け、これから撮影を控えていた「1242〜」は、スペイシーを主役から降板させた。だが、すでに撮影を終えてしまっている「Peter Five Eight」と「The Man Who〜」は、スペイシーを支える姿勢を見せている。「The Man Who〜」のプロデューサーは、「Entertainment Weekly」に対し、「イタリアでは、全部について詳しいことがわからない。わからないことについては話さない。僕が知っているのは、ケビンは優れた俳優だということ。僕にとって大事なのはそれだけだ」と語っている。

 とは言っても、もしイギリスでの裁判で有罪となってしまったら、完成済みの映画を市場に出すのは非常に困難になるだろう。「#MeToo」前ならギャラが高くて手が出なかったスペイシーに格安で出てもらえてよかったと、その時は思ったのかもしれないが、スキャンダルの渦中にある人を使うのはやはり大きなリスクだったということだ。最後に公開されたスペイシーの出演映画「ビリオネア・ボーイズ・クラブ」も、「#MeToo」を受けて公開を延期し、スペイシーのシーンを残したまま2018年の7月に公開したが、製作費1,500万ドルに対し世界興収は200万ドルと、大赤字に終わっている。

ニューヨークでも民事裁判が控える

 そんなふうにお金が入ってこなくなったところへ、多額の賠償金の支払いを言い渡されるはめになったスペイシー。いったいどうするのかと思うが、彼が支払わなければならないお金は、これからもっと増えるかもしれないのだ。最初に名乗り出た被害者ラップが起こした民事訴訟が、10月、ニューヨークの連邦裁判所で行われるのである。

スペイシーを訴えているアンソニー・ラップ
スペイシーを訴えているアンソニー・ラップ写真:REX/アフロ

 ラップは、ブロードウェイの劇に出演していた14歳の時、別の劇に出ていたスペイシーと知り合いになり、彼の家で開かれるパーティに招かれた。だが、出席者に知っている人が誰もおらず、ラップは寝室に入ってひとりでテレビを見ていた。そこへスペイシーが入ってきて、ラップを抱え上げてベッドの上に運び、上にのしかかってきたと、ラップは述べている。当時スペイシーは26歳。本人によれば、ラップはその頃、実年齢よりさらに若く見えたという。

 スペイシーは、これまでに浮上したすべての訴えを否定してきた。だが、いよいよ裁判という場ですべてが試される時が来ようとしている。アカデミー賞を2度、英国アカデミー賞とトニー賞をそれぞれ1度受賞した実力俳優である彼は、ずっと賞賛の目で見つめられてきた。そんな彼が今置かれている舞台は、スクリーンでもステージでもなく、実社会の法廷だ。MRCに負けたばかりのスペイシーは、次に控える裁判で、どんな判決を受けることになるのか。これまでとは違う形で、世間は彼を見つめている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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