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アンバー・ハードの「判決無効願い」は、却下される。弁護士が解説

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンバー・ハードとイレーン・ブレデホフト(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アンバー・ハードによる判決の無効、裁判のやり直し、賠償金の減額についての要請は、まず通らない。現地時間1日にハードの弁護士イレーン・ブレデホフトが裁判所に提出した意見書を読んだ専門家が、その理由を語った。

 その人は、アンドレア・バークハートという名の、ワシントン州在住の弁護士。ジョニー・デップとハードの名誉毀損裁判をずっとフォローしており、これまでにもYouTubeチャンネルで解説を行ってきた。ロースクールを卒業してすぐの頃、控訴についてリサーチする仕事を任されたバークハートは、このような件について裁判所がどう判断をするかをよく知っている。最新の動画で、彼女は、ブレデホフトが挙げるひとつひとつの主張点に対し、いかに説得力がないかを指摘。悪あがきに過ぎないこの意見書を出したことで、ブレデホフトは弁護士としての信頼性をリスクに晒したとまで述べている。

都合の悪い証拠を無視し「証拠がない」と主張

 まずは、陪審員がハードに支払いを命じた合計1,500万ドルの賠償金の金額が高すぎるという件(ヴァージニア州の懲罰的賠償金の上限に従い、合計金額は判決後即座に1,035万ドルに下げられた)。ヴァージニア州では、陪審員の決めた金額が不当である場合、それを変更する権限を判事に与えていることから、ブレデホフトは、過去の例をいくつか持ち出して、減額を求めている。

 しかし、ブレデホフトによって挙げられた例は、名誉毀損で訴えられた側が何も経済的なダメージを受けていなかったり、状況がデップの場合とはまるで違っていたり、減額が認められはしたがなぜだったのか背景がわからないものが混じっていたりして、まるで参考材料にならないのだ。ブレデホフトは、「ハードが『Washington Post』に書いた意見記事のせいでデップが経済的ダメージを受けたという証拠はない」とも主張するが、バークハートは「証拠はある」と反論する。事実、裁判では、経済的ダメージ専門家のマイケル・スピンドラーが、ハードによる意見記事のせいでデップは4,000万ドルの経済的損失を受けたと証言したし、デップのマネージャーは、あの意見記事の前、デップは「パイレーツ・オブ・カリビアン」6作目に出るはずで、ギャラも2,250万ドルで決まっていたと述べていた。

 ブレデホフトはまた、経済的損失は意見記事が出た2018年12月以降に限って見るべきで、ハードがデップによるDVを世間に露呈した2016年に遡るべきではないとし、デップの弁護士が冒頭陳述と最終弁論でその頃のことに触れたのは不適切だったと批判している。しかし、誰かが裁判で言うべきでないことを言った場合、その場で異議を唱えるのが弁護士の仕事だ。実際、裁判の間、どちらの弁護士もしょっちゅう異議を唱え、証人が語るのを中断させていた。あれが間違っていると感じていたならば、どうして何もせずに黙っていたのかと、バークハートは指摘する。

 それに、2016年に触れずにハードの意見記事についての裁判をするのは所詮無理なのだ。ハードの記事には、「2年前、私はDV被害者を代表する有名人となり、この社会では声を上げた女性は怒りを買うのだと思い知らされることになりました」と書かれているのである。この意見記事について知らなかった陪審員に向けて、彼女のいう2年前に何があったのかを説明するのは当然のことであり、必要なことなのだとバークハートは述べる。

 そして、裁判の終わりあたりからハード側が好んで使うようになった「言論の自由」の言い訳。この意見書でもブレデホフトはまたこの主張を繰り返した。バークハートは、「言論の自由は守られてきた権利である」としながらも、名誉毀損裁判においては、そこで言われていることが事実なのか、虚偽なのかが重要になると述べる。陪審員は、ハードが書いた意見記事が「嘘を言っているか」という問いに対して、「イエス」との判決を下した。嘘なのだから、名誉毀損において言論の自由を使って言い逃れをすることはできない。

判事はブレデホフトに制裁を加えるかも

 最後に、なりすまし陪審員の件。意見書の最後で、ブレデホフトは、ある陪審員の素性に疑問を投げかけた。リストで1945年生まれとなっているその男性は、とてもその年齢には見えず、調べてみたところ、どうやら1970年生まれのようだというのだ。その人は本来陪審員を務めるべき人物とは違ったのではないかとブレデホフトは疑い、裁判所に調査を求めている。

 これについても、バークハートは、なぜ今になって言い出すのかと問いかける。陪審員のメンバーについては、ハード側の弁護士も納得し、受け入れていたはずだ。リストも最初から持っている。裁判は6週間もあったのだから、途中、その陪審員の年齢に疑問を感じることが出てきたのであれば、担当者に問い合わせたり、あるいは陪審員本人に確認したりすることもできただろう。そもそも、その陪審員が「そこにいるべき人ではなかったかもしれない」などという根拠はあるのか。

 判事は基本的に陪審員を大切にし、守るものだとバークハートはいう。陪審員の仕事はとても大変だということを、誰よりも知っているからだ。陪審義務は国民としての大切な責任だと思って、きつい仕事をこなしてくれているのである。だから、確固たる証拠を提示せずに陪審員を疑ってかかることを、判事はよく思わない。ブレデホフトはこれまでにも根拠のない主張をしてきたが、これで堪忍袋の緒が切れて、ペニー・アズカラテ判事はブレデホフトに制裁を与えるのではないかとも、バークハートは見る。

 つまり、この意見書を出すことでハード側が得られたものは何もないのだ。あったとすればマイナス効果である。アズカラテ判事が同じように感じたとしても「私は驚きません」と、バークハートはいう。

「わめいて主張し、不都合な事実と法律を無視して、自分たちに都合の良いようにねじ曲げようとするのは、これまでにもイレーンがやってきたこと。でも、最終的に、そのねじ曲げは陪審員に通じませんでした。今になってアズカラテ判事が何かを変えることはないと思います」。

 ハードはまたもや冷たい現実を突きつけられそうだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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