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トム・クルーズが60歳に。いじめられっ子から世界のトップスターへ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 7月3日は、トム・クルーズの誕生日。「7月4日に生まれて」で初のオスカー候補入りを果たした彼は、この独立記念日の前日で60歳になる。全世界で大ヒット中の「トップガン マーヴェリック」でも変わらぬアクションスターぶりを見せつけた彼が還暦を迎えるとは、なんとも感慨深い。

 だが、彼自身は、自分が高齢者と呼ばれる年齢に近づいていることを、まるで意識していないようなのだ。いや、逆に、意識しているからこそ、できるうちになるべく多く大作映画のヒーローを演じたいと思っているのかもしれない。年齢を重ねていく中で、あえて見た目の冴えない中年男の役とか、困難に直面した実在の人物などを選び、演技力を証明しようと(そしてあわよくば賞をもらおうと)するハリウッド俳優は多いが、クルーズはそんなことに興味はない。過去にはポール・トーマス・アンダーソン監督の「マグノリア」やコメディミュージカル映画「ロック・オブ・エイジス」で助演として良い味を見せたものの、この10年はずっとアクションやSF大作の主演に専念してきている。

 それに彼は、配信の台頭でますますテレビドラマのクオリティが上がり、かつてのような映画とテレビの垣根がほぼなくなった今も、テレビには絶対に出ないのだ。観客を楽しませることをミッションにしているクルーズは、一般人とは別世界にいる華やかな映画スターという存在であり続けることで夢を売るのである。その徹底したこだわりには感服せざるを得ない。

外ではいじめられ、家では虐待された子供時代

 キャリアではずっとトップを走り続けてきたが、子供時代は決して楽ではなかった。

 クルーズはニューヨーク州シラキュース生まれ。エンジニアの父はどこで働いても長く続かず、次の職を求めて引っ越しを繰り返し、クルーズは12年の間に15回も転校をしている。体が小さく、地元の訛りと違う言葉で話す彼は、どの学校に行ってもほかの生徒からいじめられ、家では父から暴力を受けた。

 だが、その父は、彼が11歳の時、母と離婚をしたことで人生からいなくなる。ずっと耐えてきた母がついに決断をしたのを見て、「母は自分の人生を自分で作り出した。自分で立ち上がった。僕も自分のために自分の人生を作り出そう」と思ったと、クルーズは2006年の「Parade」のインタビューで語っている。離婚の後、クルーズは母の故郷ケンタッキーに引っ越し、父とは10年近く会わなかった。ようやく再会したのは、父がガンと闘っていた時だ。訪問してまもなく、父は亡くなった。まだ40代だった。

 演技の魅力に目覚めたきっかけは、ニュージャージー州の高校で演劇に出たこと。自分がやりたいのはこれだと信じたクルーズは、卒業するやいなや、お隣のニューヨークへ向かった。10年は頑張ってみると決めていたが、チャンスは1年でやってくる。映画デビューは端役で出演した「エンドレス・ラブ」。同じ年には「タップス」が公開され、「アウトサイダー」「卒業白書」「レジェンド/光と闇の伝説」と好調に続いた。そして、「レジェンド〜」のリドリー・スコット監督に「弟に会ってほしい」と言われ、彼は「トップガン」に主演することになったのだ。

 トニー・スコットが監督、当時ハリウッドで勢いを得ていたジェリー・ブラッカイマーとドン・シンプソンのコンビがプロデュースした「トップガン」は、1,500万ドルの予算で製作され、全世界で3億5,700万ドルを売り上げる大ヒットとなる。それから36年を経て公開された「トップガン マーヴェリック」の予算は1億7,000万ドルで、世界興収とは10億ドルを突破した。40年近いキャリアで数多くのヒット作を送り出してきたクルーズにとって、これは自己最高記録だ。60歳にして、彼の勢いは衰えるどころかピークに達したのである。

「トップガン マーヴェリック」のクルーズ。今作の世界興行収入は10億ドルを突破(2022 Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved)
「トップガン マーヴェリック」のクルーズ。今作の世界興行収入は10億ドルを突破(2022 Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved)

「トップガン」の3作目ができるかどうかはまだわからないが、彼のもうひとつのアクション映画「ミッション:インポッシブル」は、7作目が来年、8作目が再来年に公開される予定だ。1作目が公開されたのは1996年。8作目が公開される時には、28年にわたってイーサン・ハントを演じてきたことになる。クルーズの代表的な主演作には、ほかに「ラスト サムライ」「宇宙戦争」「アウトロー」「オブリビオン」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」「バリー・シール/アメリカをはめた男」などがある。

トップスターは恋をするのも楽じゃない

 スクリーンの中で多くの女優とロマンチックなシーンを演じてきたクルーズは、私生活でもいくつかの恋愛を経験してきた。皮肉なことに、それらはどれもハッピーエンドに至っていない。

 最初の結婚は1987年、24歳の時。お相手は7歳上のミミ・ロジャースだった。サイエントロジーの信者だった妻にならい、クルーズも信者となるが、3年後、夫妻は離婚した。クルーズが「デイズ・オブ・サンダー」で共演したニコール・キッドマンと結婚したのは、そのすぐ後だ。当時クルーズは28歳、キッドマンは23歳。夫妻はふたりの養子を引き取り、育てるも、結婚10周年を迎える直前、クルーズが離婚を申請。キッドマンにとっては青天の霹靂で、長い間ショックから抜け出せなかったと彼女は語っている。

トム・クルーズとニコール・キッドマン(1999年)
トム・クルーズとニコール・キッドマン(1999年)写真: ロイター/アフロ

 その次には、「バニラ・スカイ」で共演したペネロペ・クルスと交際。しかし、これは映画の宣伝目的だったのではと見る向きも少なくなかった。そして2005年、16歳下のケイティ・ホームズとの劇的なロマンスが始まる。“トムキャット”としてメディアの注目を集めたこのカップルには娘スリちゃんが生まれるが、6年後、ホームズが離婚を申請した。セレブ同士のカップルには珍しく、この離婚は驚くほどのスピードで解決している。娘をサイエントロジーから引き離し、カトリックとして育てることを強く望んだホームズが、早く別れることを最優先し、金銭面で大きな要求をしなかったからだろうと思われる。

ケイティ・ホームズと(2005年)
ケイティ・ホームズと(2005年)写真:ロイター/アフロ

 この3度目の離婚の後、クルーズは、プライベートを公にすることを避けてきた。ホームズとの恋が始まった頃、アメリカのテレビで「僕は恋しているんだ!」と大はしゃぎして笑いのネタにされた失敗から学んだに違いない。しかし、最近では、次の「ミッション:インポッシブル」に出演するイギリス人女優ヘイリー・アトウェル(40)との恋が噂された。「The Sun」が報じるところによれば、ふたりは初めて会った時から意気投合し、パンデミックのロックダウンでさらに親密になったということだ。

 カップルは昨年秋に一度別れたものの、復活。アトウェルは今年5月、「トップガン マーヴェリック」のロンドンプレミアにも出席していたが、先月、再び破局が報道された。「Daily Mail」によると、公にカップルとなったせいで注目を浴びるのが辛かったとのこと。友達でいるほうがいいとお互いに納得したそうだが、ふたりの間にあった愛は本物だったという。

 そう聞くと、なおさら残念だ。世界のトップスターは恋をするのも楽ではないのである。だが、クルーズは十分理解している。それは彼が払う小さな犠牲にすぎない。彼はこれからも、ひとつの愛の代わりに、世界中の映画ファンからの愛を浴びていく。それが、この永遠の銀幕スターの生き方なのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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