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ジョニー・デップ裁判でアンバー・ハードが証言。あの涙は真実か、”人生最大の演技の見せどころ”か

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 酒とドラッグに溺れるモンスター。嫉妬深く、勝手に浮気を疑っては暴力を振るってくるーー。ジョニー・デップを相手にした名誉毀損裁判で、アンバー・ハードはそんなふうに元夫を描写した。

 デップはすでに4日間に及ぶ証言を終え、今度はハードの番。現地時間4日、初めて証言台に立ったハードは、まずテキサス州での生い立ちや、女優を目指して17歳でロサンゼルスに引っ越してきた経緯を語った。駆け出しで、車も持たなかったハードは、バスに乗って1日10個ものオーディションを受ける生活を送る。そのうち少しずつ、「大きな映画の小さな役」か、「役は大きいが小さくて誰も見てくれない映画」に出るようになった。

 そんな彼女が受けたオーディションのひとつが、デップがプロデューサーと主演を兼任する「ラム・ダイアリー」だ。ブルース・ロビンソン監督から何度かコールバック(再びオーディションに呼び出されること)を受けた後、ハードはデップと面会することになり、デップのオフィスを訪れた。そこでふたりは2時間ほど話をしたが、映画についてはほとんど話さず、本、音楽、詩などについて語り合ったとハードは振り返る。「2倍くらい年齢差のある超有名人と古いブルースについて語り合ったなんて、とても奇妙」と、当時22歳だったハードは思った。ここまでは、デップの証言と基本的に一致する。

 2009年3月に撮影が始まってから個人的な会話はあまりなかったが、キスシーンですべてが変わったというのも、デップの証言通り。ただ、ハードは、そのキスシーンでデップが舌を使ってきたとも述べている。演技では「これはやらない」という境界線があり、キスで舌を使わないのもそのひとつなのだが、デップはそれをやってきたというのだ。撮影中に訪れた23歳の誕生日に、デップは2冊の詩集と自転車をくれた。そのうち、ふたりとも赤ワインが好きなことがわかると、ハードは、当時は美味しいと思っていた安物のワインを持って、デップのトレーラーを訪れた。撮影中だったため、ハードはコスチュームの下につける下着の上にバスローブという格好だったのだが、デップは足を使って彼女のバスローブの裾をめくってきたとも彼女は述べている。

 デップは自分に気があると意思表示をしてきたし、ハードも自分たちの相性は良いと感じたものの、撮影が終了すると、ふたりはそれぞれのパートナーの元に戻った。その後、デップが一度ハードに「家においで」と電話をかけてきたことがある。「ラム・ダイアリー」のロビンソン監督も呼ぶからということだったが、ハードは「今、友人が訪ねてきているから」と断った。デップは手書きのメッセージとともに、「ラム・ダイアリー」で着た白いドレスを送ってくれたこともあるし、ハードが別の映画で不在の間、家にギターが送られてきたこともあった。当時のハードのパートナーに「どうする?」と言われ、「送り返して」と頼んだとハードは語っている。これらの多くについて、デップは証言で語っていない。デップのほうが積極的にアプローチしてきたのだとハードは伝えたいのだと思われる。

 そんなふたりは、2011年秋、「ラム・ダイアリー」公開前のプレスジャンケットで再会。初日の取材を終えた後、「ブルース(・ロビンソン監督)も来るから、部屋においで」と言われ、ハードはデップの部屋を訪れたが、ロビンソン監督はいなかった。ふたりだけで赤ワインを飲み、帰ろうとしたところで、デップはハードにキスをしてくる。ハードもデップにキスを返し、ふたりのロマンスが始まった。

初めて暴力を振るわれた時のこと

 交際の最初の頃を、ハードは「魔法のよう」「夢みたい」「バブルの中にいるみたい」だったと語る。その頃、デップは腎臓が悪いとのことで酒を飲んでいなかったが、やがてまた飲むようになると態度が変わっていった。デップはハードが仕事をするのを嫌がったし、服装についても文句が多く、「そんな格好で行くの?なるほど、それで役が取れたんだね」と言われたこともあった。あるレッドカーペットのために着飾った姿を自慢に感じていると、「ああ、見たよ。全世界が見た。君はあれで覚えられることになるだろうね」と言われ、屈辱を感じたとも述べる。

 その頃からデップは怒ると物を投げつけたり、壁を殴ったりするようになったが、初めてぶたれたのは、これまでにも何度となくメディアで報道されてきた、デップのタトゥーをハードが笑った時だ。

ハードの証言中、デップはほとんど下を向き、彼女のほうを見なかった(CourtTV)
ハードの証言中、デップはほとんど下を向き、彼女のほうを見なかった(CourtTV)

 それはデップの家にいた時のことで、デップは酒を飲んでいた。おしゃべりをする中で、ハードはデップが腕に入れているタトゥーについて「何と書いてあるのか」と聞き、デップが「WINO」と答えると(デップがウィノナ・ライダーと付き合っていた頃に入れた『WINONA FOREVER』というタトゥーに、破局後手を入れたもの)、そんなふうに書いているようには見えないと思ったハードは笑った。するとデップはいきなり顔を殴ってきたのだとハードは言う。驚いていると、もう一度殴ってきた。

 それから何日かすると、デップはハードに「また君に手を上げるくらいなら、自分の手を切り落としたい」とテキストメッセージを送ってきた。ハードが愛する赤ワイン、ヴェガ・シシリアを2ケースもプレゼントしてくれたりもしている。だがすぐまた彼はハードの服装をチェックするようになり、勝手に浮気をしていると決めつけては暴力を振るってきた。

 デップは、ハードはもちろん女性に対して暴力を振るったことは一度もないと主張する。タトゥーについて笑われて怒ったということについても、タトゥーは自分の人生の日記のようなもので、それについて何か言われたくらいで怒るわけはないと語っている。

ソーシャルメディアには信憑性を疑う声が

 現地時間5日に再び証言台に立ったハードは、ボストンからロサンゼルスに戻るプライベートジェットで起きた出来事について語っている。デップはハードが出る映画にキスシーンやセックスシーンなどがあるのを非常に嫌がり、それらのシーンがある場合は先に報告しておかなければならなかった。それで、ジェームズ・フランコとの共演作でロマンチックなシーンがあることを伝えたところ、明らかに酒かドラッグの影響を受けているデップは、卑猥な言葉も入れて、「お前も楽しんだんだろう?」などと責め立ててきたと、ハードはいう。デップのアシスタントなどほかにも人がいるのに、それらの人の前でそんなことを言われるのが屈辱で、ハードは席を離れて飛行機の前のほうに移動した。するとデップは追いかけてきて、ハードの顔を平手打ちし、氷を投げてきたというのだ。さらに彼は背中を足で蹴ってきた。「そこにいた人たちは見ていたのに何もしてくれなかった」と、ハードは涙顔で陪審員らに訴えている。

 ハードはほかにも、デップから受けた数々の暴力について証言した。DVを受けていることは母にも伝えたとも、彼女は語る。だが、彼女の発言の信憑性を疑う人は少なくない。

 まず、証拠がほとんどないのだ。ハードの弁護士は、「酒あるいはドラッグの影響で気を失っている状態」だというデップの写真を出してきたが、ソーシャルメディアでは「これ、単に昼寝では?」といったコメントが飛び交っている。また、彼女の言葉通り、日々デップから暴力を受けていたのであれば、あざや傷跡があるはずだが、そのような彼女の姿が目撃されたことはない。医師の診断書もない。ツイッターには、彼女がプライベートジェット内で暴力を受けたという直後にロサンゼルスのレストランで食事をする彼女の写真もアップされている。それに、ハードの言う通りに、プライベートジェット内での暴力を目撃した人が複数いるのならば、その人たちは証言をしてくれてもいいのではないか。

 ソーシャルメディアには、デップが言ったという「また君に手を上げるくらいなら、自分の手を切り落としたい」というのは、テレビドラマ「ミルドレッド・ピアース 幸せの代償」に出てきたセリフだという指摘もあった。それ以外にも、彼女の証言には、どうも小説っぽさがちらつく。たとえば初めて暴力を振るわれた時のことについて、ハードは「私はひたすら汚いカーペットを見つめていました。カーペットが汚かったことに、その時初めて気づきました」と、呆然となった自分を振り返っている。その後、自宅に戻ろうと車の中に入った後については、「自分の息で車の窓ガラスが曇っていったのを覚えています」と言っている。それらをひたすら涙顔で語るのだ。ソーシャルメディアには「彼女の人生で最大の演技力の見せ場だね」などというコメントもある。

 対照的に、デップは終始、淡々と落ち着いた様子で証言をした。ハードからの暴力について語る時も、「殴られた」「物を投げられた」など事実を言うだけで、ハードのように「苦しくて息ができませんでした」とか「目の前が真っ暗になりました」など、その時の気持ちや痛みについては語っていない。ハードの証言中もデップはずっと下を向き、隣にいる自分の弁護士に時々苦笑してみせる以外は、無表情を通した。

 これにはもちろんストラテジーが関係していると思われる。どちらも相手を「キレると叫び出し、そこから暴力になる」と責めているわけなので、冷静さを失えば、陪審員に「やはりそういう人なのか」と思われてしまう。ハードも、デップの証言の間は、基本的に落ち着いた表情を貫いたが、自分の証言の番が来ると涙の訴えをしている。ハードと彼女の弁護士は、女の涙のパワーに賭けているのかもしれない。

「この人たちはどちらも役者ですから」と、ふたりのふるまいについて、この裁判をライブ中継するCourtTVのコメンテーターも語る。だが、裁判は映画ではなく、演技力では動かせない。大事なのは、陪審員を説得できるだけの事実、証拠、証言だ。この2日間は自分の弁護士からの尋問だったが、デップの弁護士による反対尋問では、ハードはずっと厳しい状況に置かれることになる。裁判は、来週1週間お休みとなり、再来週の16日に再開する。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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