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#MeToo」失業したケビン・スペイシーに35億円支払命令。かつての人気スターが直面する過酷な状況

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Shutterstock/アフロ)

 ここのところほとんど忘れ去られていたケビン・スペイシー(62)の名前が、再びメディアに浮上した。しかも、これまた悪いニュースだ。いや、最悪のニュースと言っていい。ハリウッドを追いやられ、収入が途絶えている彼は、損害賠償として約3,100万ドル(およそ35億円)の支払いを裁判所から命じられたのである。

 スペイシーを訴えていたのは、Netflixオリジナルドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」を製作するプロダクション会社MRC。スペイシーが主演とエグゼクティブ・プロデューサーを兼任するこのドラマは、2017年秋の「#MeToo」勃発で大きなダメージを受けたのだ。

 80年代にスペイシーからセクハラを受けた事実を俳優のアンソニー・ラップがメディアに語った時、ドラマは第6シーズン撮影の真っ最中。ほかにも過去の被害者が名乗り出る中、スペイシーを出し続けるわけにはいかないと、MRCは、主人公フランク・アンダーウッドが死んだことにして、ロビン・ライト演じる妻役で話を続けるという決断を下した(Netflixも、スペイシーを出し続けるなら配信はしないと、彼をクビにするよう要求したとされる)。

 そのせいで、すでに撮り終えていた2話分は、ボツに。脚本を完全に書き直すことになり、納期に間に合わせるため、12話の予定だったこのシーズンは8話に縮小された。MRCがNetflixから得られるライセンスフィーは、その分、減ってしまっている。

 スペイシーの被害者は「ハウス・オブ・カード〜」のクルーにもおり、2019年、MRCは、契約内容にある行動規範を守らなかったとして、スペイシーを「契約違反」で訴えた。これを受けてスペイシーは、契約違反をされたのは自分だと逆訴訟。しかし、先に述べたとおり、スペイシーは、損害賠償として2,950万ドル、弁護士代として140万ドル、合わせて3,090万ドルをMRCに支払うことを言い渡されたのである。納得がいかないスペイシーは上訴するも、今月はじめ、棄却された。これらの事実は関係者以外知らなかったのだが、MRC側の弁護士が判決の確認を裁判所にあらためてお願いしたことから、今になってメディアに情報をつかまれたのだ。

「ハウス・オブ・カード〜」は、スペイシーのキャラクターが死んだことにし、ロビン・ライト演じる妻を主演に据えるべく、第6シーズンを完全に書き直した(David Giesbrechet/Netflix)
「ハウス・オブ・カード〜」は、スペイシーのキャラクターが死んだことにし、ロビン・ライト演じる妻を主演に据えるべく、第6シーズンを完全に書き直した(David Giesbrechet/Netflix)

 スペイシーが迷惑をかけた作品は、これだけではない。訴訟にこそならなかったものの、リドリー・スコット監督の映画「ゲティ家の身代金」も、スペイシーのせいで1,000万ドルの余分な製作費を使うことになっている。

「#MeToo」騒動が起きた時、この映画はすでに完成し、11月のAFIフェストでのプレミアも決まっていた。映画の北米公開予定日は、翌12月だ。だが、騒動を受け、スコットは、スペイシーのシーンを全部カットし、急遽クリストファー・プラマーを代役に立てて撮り直すと決めたのである。共演者のマーク・ウォルバーグやミシェル・ウィリアムズを感謝祭の休日中にもかかわらず再び現場に呼び出し、スコットは、たった8日間で必要な撮影を終わらせ、公開日をほとんど遅らせることなく、映画を完成させてみせた。

 そのほんの数ヶ月前には、今作でスペイシーがまた候補入りするのではとささやかれていたのに、授賞式の日、候補者としてレッドカーペットを歩いたのはプラマー。スペイシーは、この授賞式からだけでなく、以後のすべての授賞式から、そして、映画、テレビからも、すっかり姿を消してしまった(日本で2019年に公開された『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』は、アメリカでは『#MeToo』前の公開。『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』も、『#MeToo』前に撮り終えていたものだ)。業界から尊敬を集め、観客から愛された大スターは、突然にして、完全に昔の人になってしまったのである。

奇妙な動画で伝えるスペイシーの言い分

 そんな中で、スペイシーは、自分なりのやり方で世間とコミュニケーションを取り始めた。毎年クリスマスイブの日にYouTubeを通じてメッセージを送ることにしたのだ。それらの動画は実に奇妙かつ意味深で、その都度、人々の好奇心を掻き立てている。

 2018年に投稿した最初の動画に、スペイシーは「ハウス・オブ・カード〜」のフランク・アンダーウッドとして登場。「あなたたちは僕に戻ってきてほしいだろう?」「僕がすべてを認めればいい、僕は自業自得だと思っているのかもしれないが、現実はそうシンプルではないのだ」「やっていない罪の代償など払うものか」「まもなくみんなが真実を知るだろう」などと、自己弁護するようなことを語っている。2019 年の動画でも、彼はフランクになりきり、最後は「次に誰かに嫌なことをされたら、攻撃するのもいいけれど、それを抑えて予測できないことをするのもいい。優しさをもって殺すのだ」という言葉で締めくくった。最後に恐怖を煽るような音楽を流しているのもミステリアスだ。

 一方で昨年の動画では、スペイシー本人として、「苦しんでいるのはあなただけではない」「これから良くなっていくから」と、自殺しようかと思っている人に考え直すよう話しかけている。最後の画面は、自殺防止ホットラインの電話番号だ。これを通じてスペイシーは「辛くても自分は自殺をしない」と言っているのではないかと解釈する声もある。

 事実、自ら撒いたタネではあるが、この4年間、スペイシーは苦しみをずいぶん味わってきた。刑事事件としても起訴され、民事でも訴えられて、裁判続きだったのだ。刑事裁判のほうは、棄却、あるいは被害者が死亡したために終了となったが、民事では、ニューヨークで児童虐待事件の時効が延長されたことから、昨年秋、新たにラップが訴訟を起こしている。これからMRCに支払わなければならない3,100万ドルのほかにも、スペイシーは相当な裁判費用を払ってきたし、これからもまだ払い続けることになりそうなのだ。

 このような状況にあって、スペイシーは、あの動画で他人に言ったように、自分に向けて「苦しんでいるのは自分だけではない」「状況は良くなっていくから」と語りかけているのだろうか。それとも、3年前の動画で述べたように、彼の言う真実を信じてもらえる日が来ることをまだ願っているのだろうか。あるいは、今はまた違うことを考えているのか。

 今年のクリスマスイブまで、あと1ヶ月。次の動画で彼が何を言うのかに、謎の糸口があるかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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