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アレック・ボールドウィン誤射事件:低予算、経験の浅さ、時間がない焦りが原因か

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の撮影現場で起きた死傷事故についての捜査が進んでいる。実弾が使用されたのかどうかについて、事件直後、警察は「まだわからない」としていたが、今ではその方向で調べがなされているようだ。

 映画の撮影現場で実弾を使わないのは、最も基本的なルール。“ブランク”と呼ばれる空砲でも危険が伴うため、現場では武器専門の担当者が二重、三重でチェックをする。俳優に渡すのは、その後だ。また、普通、リハーサルの間は、ブランクも入れることができないレプリカを使うべきだとも言われる。カメラが回る時は、リアリティを出すため、本物、あるいは本物に近い銃を使うにしても、リハーサルでその必要はない。

 それらおもちゃの銃ですら、必ず「実弾の入った本物の銃」として扱われるべきだと、この道30年のブライアン・W・カーペンターは、「The Hollywood Reporter」に対して語っている。「必要な時が来るまで引き金に指をかけない」「誰かに向かって銃口を向けることはしない」「自分の前、背後、横に何があるのか、常に注意を払う」のも絶対事項で、「それらが守られていれば、『Rust』の現場であの事故が起こることはなかった」と彼は述べた。

基本的ルールは何も守られなかった

 事実、これまでにわかった事件当時の状況を見るかぎり、それらのルールは何も守られていなかったようである。警察の取調べによると、ボールドウィンが発砲したのは、リハーサル中。デイヴ・ホールズという名の助監督が、「何も入っていません」と言いながら小道具の銃3丁が置かれたタイヤ付きカートをボールドウィンのそばに押してきて、ボールドウィンはそのうちのひとつを手に取った。それが発砲されて撮影監督の胸に当たり、すぐそばにいたジョエル・ソウザにも当たったのだという。

 小道具の銃を用意したのは武器専門担当者で、ホールズは、中に弾が入っていることは知らなかったとのこと。しかし、なぜ弾が入っていたのか。そして入っているのにどうして「入っていない」とホールズは信じたのか。入っているのか、いないのかを、武器担当者は確認しなかったのか。また、ボールドウィンはどうして安易に引き金に指をかけてしまったのか。

 わからないことはたくさんあるが、その背後には、この映画はお金も時間もなく、あらゆる部分でお粗末だったことがあるようだ。報道によると、今作の予算は700万ドルで、撮影期間はわずか21日。インディーズ映画の基準でも、これは結構厳しい。現場では安全のためのミーティングもろくに行われなかったというクルーの証言もあるし、常に時間との戦いという中では、銃を手にしたボールドウィンが念のために本当に空かどうか自分でチェックする余裕もなかったのかもしれない。

 また、この映画に武器専門担当者として雇われたハンナ・グテレス=リードという女性はまだ24歳で、経験がほとんどなかったようなのである。彼女の父セル・リードは「父親たちの星条旗」「3時10分、決断のとき」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」などで武器の担当をしたベテランだが、ソーシャルメディアで彼女はモデルを自称している。「女性の武器担当者」も名乗ってはいるものの、実際に映画で武器を担当するのはこれが2回目だったようだ。ボールドウィンに武器を渡した助監督ホールズもギリギリになってやって来たそうで、コストを抑えるため、ギャラが安くて済む人たちが雇われた疑いがある。

「銃撃シーンはCGでできるはず」との意見も

 だが、コストを抑えつつも武器を使いたいのならば、ほかにやり方があったのではないか。避けられたはずのこの事件を受けて、そんな意見も出てきている。

 たとえば、テレビドラマの監督クレイグ・ゾベルはそのひとり。HBOのドラマ「メア・オブ・イーストタウン/ある殺人事件の真実」を監督した彼は、ツイッターに「ブランクであれ、もはや撮影現場で銃を使う理由は何もない。禁止されるべきだ。今はコンピュータがある。『メア・オブ・イーストタウン〜』の銃撃シーンは全部デジタルでやった。違いはわかるかもしれないが、別にいいじゃないか。不必要なリスクだ」と投稿した。現場に実弾があったのを見たこともあるという彼は、プロトコルを守って安全にやることはできるだろうと認めつつ、「いつも不安に感じていた」ともツイート。「メア・オブ・イーストタウン〜」でCGを使う決断をしたことで、その不安は払拭されたと述べている。それに対し、ある女性は「ありがとう。役者としては、それら(銃)があると安心できません」とコメントした。

 たしかに、今やCGで驚くべきことができるのだから、ここにもそのテクノロジーを使わない理由はないはずだ。こういった前向きな議論は、これから積極的になされていくべきだろう。だが、まずは、「Rust」の現場で何があったのかが徹底的に解明されなければならない。それらの検証がないかぎり、新たな悲劇は避けられないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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