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死亡事故が起きたアレック・ボールドウィン映画の現場は超ブラック。銃の扱いミスはその前にも

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の撮影現場で起きた死亡事故が、ハリウッドに衝撃を与えている。映画の製作にかかわる人たちにとって、現場で誰かが負傷したという話は、いつだって他人ごとではなく、そのたびに背筋が凍るものだ。それでも残念なことに、スタントマンや俳優がアクションをやっている途中に怪我をするという出来事は時々起きてしまうのだが、今回はビッグスターである主演俳優が小道具の銃を撃ち、それが監督兼脚本家と撮影監督に当たったということで、ショックはことさら大きかった。撮影監督のハリナ・ハッチンスは、病院に運ばれてまもなく死亡。監督兼脚本家のジョエル・ソウザは、病院で治療を受け、すでに退院したとのことである。

 ロケが行われていたのは、ニューメキシコ州サンタフェ郊外のボナンザ・クリーク・ランチ。地元の警察が捜査中で、事故をとりまく状況に関しては、まだ明らかになっていない。ただ、銃を撃ったのがボールドウィンで間違いないこと、それがリハーサル中であったこと、撃ったのは一発だけで、それがハッチンスとソウザ両方に当たったらしいことなどが、少しずつわかってきている。事件を受け、撮影は中止されており、再開の可能性についてはまるで見えない。

 事件から一夜明けたアメリカ時間22日、ボールドウィンは、ツイッターとインスタグラムで自ら心境を打ち明けた。ふたつに分かれたツイッターのメッセージのひとつめで、ボールドウィンは、「ハリナ・ハッチンスの命が奪われたこの悲劇的な事故について、私がどれほどショックを受け、悲しんでいるか、言葉ではとても表せません。彼女は、妻であり、母であり、私たちの仲間から強く尊敬されていました。この事件がどうして起こってしまったのかを捜査する警察に、私は協力します」と述べている。続くふたつめの投稿では、「また、私は、彼女のご主人に、彼とご家族をサポートしたいと連絡をしました。彼女のご主人、息子さん、ハリナを愛していた人々のことを思うと、心が張り裂けます」と書いた。

 これらの投稿には、西海岸時間22日午後4時半時点で、合わせて9,000以上のコメントが寄せられている。そのほとんどは、「あなたのせいではない」「誰もあなたを責めていないから」「これは事故。あなたも相当に辛い思いをされているでしょう」「俳優であるあなたは自分の仕事をしていただけ」など、ボールドウィンを思いやるものだ。中には、「俳優は銃を使うシーンでプロップマスターを信頼する。これは僕ら誰にでも起こり得たこと」「武器の安全を確認するのはプロップマスターの役割。私たちはあなたの味方です」など、責任はボールドウィンでなく、小道具の担当者だと指摘する声もある。

 だが、たとえ小道具であれ、銃を使う上では「常に実弾が入っているというつもりで扱う」「人に銃口を向けない」など基本的なルールがあるはずではないかとの疑問も出ている。また、「事故?脚本に『銃を監督に向けろ』と書いてあったの?」というものや、「謝罪の言葉がどこにもない」「家族を『サポートする』って、つまりどういう意味?」など、少数派ながら、ボールドウィンに批判的なコメントも見られる。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」のジェームズ・ガン監督は、「全員がルールを守っていたら、『Rust』の現場で昨日起こったことは起こらなかった。個人を責めているわけではない。僕はすべての事実を知らない。だが、全員が正しいプロトコルに従っていたら、ああいうことは起こり得ない」とツイート。彼はまた、別のツイートで「何が起こったのか捜査ではっきりするまで誰も責められるべきではない」と、特定の人の責任を追及する人々を牽制している。

ハッチンスも安全への不安を訴えていた

 実際、ボールドウィンにまったく非がないのか、そうではないのかに関しては、微妙なものがある。彼は主演俳優であるだけでなく、プロデューサーでもあるからだ。スタッフが安心して仕事できる環境を整えるのは、プロデューサーの重要な任務のひとつ。だが、低予算映画のこの現場では、予算をケチるためにあちこちで妥協がなされ、クルーが安全面への不安を訴えていたというのである。

「Los Angeles Times」が報じるところによると、この現場で、小道具の銃をめぐる事故は、先週土曜日と、その前の週にも起きていた。安全のためのミーティングも十分に行われず、ハッチンスは、自分のチームのためにもっと安心できる環境にしてほしいと声を上げていたという。

 それ以外においても、この現場は相当にブラックだったようだ。賃金も約束通り支払われず、クルーは現場近くのサンタフェに宿を取ってもらえるという約束だったのに、80kmも離れたアルバカーキから毎日通うことを強いられた。さらに、プロデューサーのひとりは、組合に加入しているクルーをクビにして、代わりに組合に入っていないクルーを雇うこともしている。組合に非加入の人は安く使えるし、文句が少ないからだろう。そうして数人のカメラクルーが現場を去った後に、あの悲劇が起こってしまったというのである。

 今後、捜査が進められるにつれ、トップが責任ある行動を取っていたのかどうかが明かされていくものと思われる。そこは、相当に注目されるはずだそうでなくても、最近は撮影現場のクルーから労働環境の改善について強い声が上がり、危うくストライキが起きそうにもなったばかりなのである。彼らから寄せられた不満の中には、長時間労働の上に、長い通勤時間を強いられて、帰りの車で寝てしまいそうになったという体験談もたくさんあった。この映画のクルーが片道80kmの距離に宿泊させられたというだけでも、非難されるに値する。だが、この現場では、そこにとどまらず、実際にひとつの命が失われてしまったのである。それは、とてつもなく重いことだ。

 今から28年前には、「クロウ/飛翔伝説」の撮影現場で、ブルース・リーの息子ブランドン・リーが、小道具の銃で撃たれて死亡するという事件が起きた。ガンは、ツイッターで「ブランドンが亡くなった後、ルールが変更された」と、そのことにも触れている。「ルールが増えても、守られなければ意味がない。事故はそうやって起きるのだ。プロデューサー、監督、俳優、クルー、みんなが常にルールを厳しく守っていないといけない」と、ここでもガンはメッセージを繰り返した。それは、基本中の基本。捜査の結果を待たずしても、このことだけは、今すでに明らかだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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