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NBCが東京五輪にしがみつくもうひとつの重大理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 トラブル続きの東京オリンピックがついに開幕を迎えようとしている。

 東京で感染がまた拡大していること、日本国民のワクチン接種率が低いことなどコロナ関連の問題に加え、過去のいじめで小山田圭吾の辞任したこと、ホロコーストをネタにした過去のジョークで小林賢太郎が解任されたことなどのスキャンダルについては、アメリカにおいても、主要な新聞やテレビはもちろん、ハリウッド業界サイトやゴシップサイトまでもが報道した。そんな中でも基本的に明るい雰囲気で五輪を扱っているのが、メジャーネットワークのNBCだ。オリンピックの放映権をもつNBCは、できるだけ選手たちのがんばりに焦点を当てつつ、これから始まろうとしているイベントを、感動をもたらす必見の祭典として盛り上げようとしている。

 日本国内で五輪の中止、あるいは再延期を望む声がどんなに高まっても、NBCユニバーサルにとって、その選択肢はまるで存在しなかったし、今もない。大きな理由はもちろん広告収入。NBCユニバーサルは、五輪の放映で10億ドル以上の広告収入を見込んでいるのだ。だが、それだけではない。実は、このオリンピックは、会社の将来を左右するとも言える大きな使命を担っているのである。自社の配信サービス、Peacockの会員獲得にはずみをつけることだ。

 自社の配信サービスを成功させることは、近年、ハリウッドのメジャースタジオが最も力を入れている分野。先頭を走るDisney+は2019年11月にスタートし、現在までにアメリカで3,800万人の会員を獲得している。半年後の2020年5月にワーナーメディアが立ち上げたHBO Maxは、Disney+より値段が高いことや、パンデミックの影響でオリジナル作品の制作が遅れたことなどが災いして苦戦したものの、最近は着実に数を伸ばし始めた(昨年末の『ワンダーウーマン1984』を皮切りに、2021年に劇場公開されるワーナー・ブラザースの映画全作品がHBO Maxで同時配信されることになったのも大きく関係していると思われる)。

 さらに今年3月には、パラマウントを傘下に抱えるヴァイアコムCBSがParamount+をスタート。ラインナップにはCBSのドラマやリアリティ番組、パラマウントの映画が含まれる。5月末に劇場公開されたばかりで現在も公開中の「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」も、早くメニューに加わった。

後発のPeacock、会員獲得の“売り”は東京オリンピック

 そんな中、Peacockは昨年7月に立ち上がっている。この時期にしようと決めたのは、言うまでもなく、東京オリンピックを当てにしていたからだ。

 放映終了して8年が経ってもまだ根強い人気を誇るコメディ番組「The Office」やキム・カーダシアンのリアリティ番組、「ボーン」シリーズをはじめとするユニバーサルの映画などを抱えるとはいえ、Peacockが出てくるまでに、世の中ではすでにNetfliix、Amazonプライム・ビデオ、Disney+、HBO Max、Apple TV+が幅をきかせていた。普通の家庭では配信にかけられる予算に限りがあるため、加入してもらいたいならそれなりのアピールポイントが必要だ。そこでNBCユニバーサルは、最大のスポーツイベントであるオリンピックを、どっぷり、くまなくカバーすることをPeacockの売りにしようとしたのである。もちろん、Peacockに入らなくても、テレビがあればオリンピックは見られる。だが、配信には、リアルタイムであれ、好きな時にであれ、自由に見られるという利点がある。さらに、テレビには盛り込めなかったエピソードも、いろいろと提供できる。

 ところがパンデミックのせいで東京オリンピックは1年延期になってしまい、計算が大きく狂ってしまった。それでも予定を変更せずにデビューさせることにしたものの、1年経つ今もPeacockの会員数はDisney+などに比べてかなり少ない。NBCユニバーサルの親会社コムキャストはケーブルとインターネットのプロバイダーなので、すでにこれらのサービスを通じてコムキャストの顧客となっている人たちは、無料でPeacockの会員になれる。そのため、会員数自体は今年4月の段階で4,200万人いるのだが、実際に利用している人はというと、その3分の1ほどだというのだ。見ようと思えばリモコンを操作するだけというそれらの人たちすら、このサービスに魅力を感じていないということである。

Peacock加入につながる“感動のオリンピック”になるのか

 この状況を打開する救世主になってくれるはずとNBCユニバーサルが期待をかけるのが、東京オリンピックなのだ。競技に夢中になった視聴者たちが、もっと見たいとPeacockに入会し、ついでにほかのラインナップにも目を向けてくれて、オリンピックが終わった後も、月5ドル(広告あり)または月10ドル(広告なし)の会費を払い続けてくれることこそ、彼らの望むところ。だから、東京オリンピックをめぐる状況がいかにはちゃめちゃになろうとも、NBCユニバーサルは目を瞑り、耳をふさいで、楽しさを強調するのである。

 だが、パンデミックという異例の状況で強行されるこのオリンピックは、果たして彼らが待ち望むような感動イベントとなるのか。そしてアメリカ人はこぞってPeacockにはまるのだろうか。それ以前に、始まる前から問題続きのこのイベントは、最後まで予定通りに開催することができるのか。

 その答は、もうすぐわかる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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