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嘘つきアンバーをかばうな。ジョニー・デップが人権団体を訴訟

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 破局から丸5年、ジョニー・デップとアンバー・ハードの泥沼の争いが止まらない。昨年夏、自分をDV男扱いしたタブロイド紙「The Sun」に対して起こしたイギリスでの名誉毀損裁判に負けたデップは、この後にヴァージニア州で控えるハードに対する名誉毀損裁判に先駆け、今度はアメリカ自由人権協会(ACLU)を相手に訴訟を起こしたのだ。ACLUはハードに肩入れし、彼女に不利になる証拠を隠しているとデップは見ているのである。

 2016年の離婚でデップから700万ドルを受け取ることになった時、ハードは、そのお金を全額ACLUとロサンゼルス子供病院(CHLA)に半分ずつ寄付すると宣言した。ハードはまた、2020年にも「彼(デップ)と一緒にいる間、私はずっと経済的に独立していました。離婚でもらったお金もすべて寄付しました」と供述をしている。昨年夏のイギリスでの裁判でも、ハードは同様のことを供述。それを聞いていた判事は、判決にあたって「金目当ての人が700万ドルをチャリティに寄付するということは考えられない」と述べた。

実際に寄付したのはごく少額

 しかし、実際のところ、ハードが寄付したのは、ごく小額にとどまっているようなのだ。2016年、ハードが寄付の宣言をした直後にデップが署名した10万ドルの小切手を受け取ったCHLAは、喜んですぐにハードへの感謝の声明を発表したものの、支払いはその後一切ないという(デップが直接小切手を送ったのは、どちらにせよお金の出どころは自分であるため、ハードが本当に全額寄付するつもりなら自分から直接送るとデップが言い出したからである。ハードはそれに大反対した)。2019年、CHLAのトップはハードに「分割で寄付いただけることになっているお金はどうなっておりますでしょうか?状況をお知らせください」と問い合わせたが、そのままだ。一方、これまでにデップ側が把握しているところでは、ACLUは宣言直後に35万ドルをハード本人から、10万ドルをデップから、50万ドルを匿名の人物から受け取った(この謎の人物は、デップと結婚中から陰でハードと付き合っていた疑いがもたれているイーロン・マスクではないかとデップは見ている)。

 つまり、わかっている範囲では、どちらの団体も、約束の350万ドルには到底満たない金額しかもらっていないのである。となると、ハードは裁判で嘘の供述をしたことになり、デップはそのせいで正当な判決を受けられなかった可能性が出てくる。それを証明すべく、デップ側はACLUに関係する記録を見せてほしいと要請したのだが、ACLUは渋った。自分はDV被害者であると訴えているハードは、人権団体であるACLUと親しい。ヴァージニア州での訴訟の焦点である意見記事をハードが「The Washington Post」に寄稿したのも、ACLUの勧めがあったからだ。それでACLUはハードが約束を守っていないにもかかわらず彼女をかばうのではとデップは疑い、ACLUを訴えるという行動に出たのである。

 デップがハードの嘘に気づいたのは、今になってからのことではない。イギリスでの裁判に負けた後、デップは、これを理由に上訴している。しかし、ハードが問題となる証言をした時にその場で異議を申し立てていないこと、またその証言が判決に影響を与えたという明確な証拠はないことを根拠に、上訴は却下されてしまった。そのことに無念さを覚えるデップは、なんとしてもここではっきりさせておきたいのだろう。次に控えるヴァージニアでの裁判は、デップがハード本人に対して起こしたもので、デップは5,000万ドルの損害賠償を求めている。これを受けてハードはデップに対し、1億ドルを求める逆訴訟を起こした。さらに、先月、ハードは、「イギリスでの訴訟でデップがDV男であることが証明されたのだから、同じことをここでまた争う必要はない」と、裁判所に棄却をお願いしている。これに対して裁判所がどう出るかはわからないが、これまでにもハードは棄却してもらえるよう試みたり、裁判を別の州で行ってほしいと願い出たりしては失敗してきている。この裁判は本来ならば今月始まるはずだったが、コロナでさまざまな遅れが出た影響で、来年に延期された。

ハードとの争いでふたつの役を失った

 元妻との長引く争いでデップが被った損失は大きい。ヴァージニアでの裁判の焦点である「The Washington Post」の意見記事のせいで、デップは「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック・スパロウ役を失ってしまっている。このシリーズは人気が落ちかけてきていたし、キャストを一新したのにはほかにも理由があったのかもしれないが、デップはこの記事でDV男として描写されたことからディズニーはその決断に至ったのだと信じている。記事の中でハードはデップを名指しこそしていないものの、誰のことを言っているのか読んだ人には明らかだ。

 また、昨年のイギリスでの裁判で負けた後には、「ファンタスティック・ビースト」のグリンデルバルド役を失った。すでにシリーズ3作目の撮影は始まっていて、デップもひとつのシーンを撮り終えていたのだが、敗訴でDV男認定がなされてしまったことを受け、ワーナー・ブラザースは彼に降板をお願いしたのだ。1作目ではカメオ的出演、2作目でもまだ出番はそれほど多くなく、今回やっと中心になるというところだっただけに、悔しさはひとしおだったに違いない。代役にはマッツ・ミケルセンが決まり、撮影は無事に終了している。

 そんな中でもデップとの関係を切らないでいるのが、ディオールだ。DVの被害者はハードではなくデップだと主張するデップのファンは(実際、イギリスでの裁判でも、ハードによるデップへの暴力があったことは明白だった)男性用香水「ソヴァージュ」の広告にデップを使い続けるディオールを支持するべく、一時は売り切れ商品が出るほど買い漁った。それらのファンは今も「#JusticeForJohnnyDepp」のハッシュタグを掲げ、デップに愛を送り、ハードを批判し続けている。メジャースタジオに見放されても、彼には根強いファンがたくさんいるのだ。そのことについては、デップもソーシャルメディアで感謝のメッセージを送っている。

 だが、ここからの道のりもまだまだ長い。つい最近イギリスで体験したばかりのことが、また繰り返し起こるのだ。1年ちょっとの結婚のために、デップは何年も、精神的にも、経済的にも苦しむことになってしまった。それでも彼が闘うのは、正義を求めているからだろう。果たして彼は、最後にそれを手にすることができるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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