Yahoo!ニュース

セクハラの次はパワハラ。ハリウッドの大物が窮地に立つ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
パワハラが告発されたスコット・ルーディン(中央)(写真:Shutterstock/アフロ)

 大物プロデューサーのハーベイ・ワインスタインをきっかけにハリウッドのセクハラ男たちが次々に追放されて、3年半。今度は、やはり昔からハリウッドに蔓延してきたパワハラに焦点が当たっている。昨年は、ジョス・ウェドン監督の撮影現場でのふるまいや、人気コメディエンヌ、エレン・デジェネレスの番組のスタッフへのひどい扱いが暴露されたが、今月になって、ハリウッドとブロードウェイ両方で大活躍するプロデューサー、スコット・ルーディンによる壮絶なパワハラの詳細が「The Hollywood Reporter」によって明らかにされたのだ。ルーディンは、現地時間17日、「The Washington Post」を通して被害者に謝罪。「しばらく考えた上で、ブロードウェイの製作からただちに退くことを決意しました。私の役割は、ブロードウェイのコミュニティの別の人たちに担っていただきます。いくつかのショーでは、すでに関わっていらっしゃる方にお願いします」と発表している。

 コロナで閉鎖する前、ブロードウェイでは、ルーディンがプロデュースする「アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)」「ウエスト・サイド・ストーリー」「ザ・ブック・オブ・モルモン」が大ヒットしていた。ブロードウェイはこの秋に再開する見込みで、ルーディンは、来年2月に開幕する予定のヒュー・ジャックマン主演作「ザ・ミュージックマン」の準備にかかっていたところだ。彼が手がけた最新の映画は、来月Netflixで全世界同時配信されるエイミー・アダムス主演の「ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ」。過去に「レディ・バード」「キャプテン・フィリップス」「ノーカントリー」「ソーシャル・ネットワーク」「めぐりあう時間たち」などを製作してきた彼は、今や刑務所にいるワインスタインと並んで名作を送り出してきた人物である。そんなふたりにはまた、部下に暴力をふるったり、暴言を吐いたりするという共通点もあったのだ。

 もっとも、彼らのパワハラは、以前から広く知られていたことで、決して業界の“秘密”だったわけではない。ワインスタインのセクハラが暴露された時、彼と近い立場にいた俳優や業界関係者の何人かは、「彼が職場で暴言を吐くのは知っていたけれども」などと、セクハラを見て見ぬふりをしてきたわけではないと自己弁護している。その当時はまだ、職場で部下に対して敬意のない行動を取るのはセクハラほど悪いことではないと受け止められていたということだ。

「お前は無能だ」と日常的に暴言

「The Hollywood Reporter」の記事で、ルーディンの会社の元社員は、ルーディンにコンピュータのモニターを投げつけられたアシスタントが、手をケガして緊急治療室に駆け込んだことがあったと話している。ルーディンが希望した飛行機の便が満席で予約が取れなかったとアシスタントが言ったことに腹を立てての行動だ。別の元社員は、ルーディンが会議室でラップトップを放り投げたり、誰かに向けてガラスの食器を投げつけたりしたのを目撃。ベイクドポテトを投げつけられたという人もいれば、ルーディンがある人の机の上にあったものを何の理由もなく突然全部床に落としたのを見たとの証言もある。いつ何をしてくるかわからないため、ルーディンと話す時は一定の距離を保つようにしていたとのコメントもあった。面と向かって「お前は無能だ」と言われることもしょっちゅう。就業時間はあってないようなもので、アシスタントは朝5時半から夜9時ごろまで働くのも普通だ。そんな職場なので、当然、人は長く居つかないが、業界の大物のもとで働くことを夢見る若者はいくらでもおり、次の被害者はすぐに訪れた。

 ワインスタインの元社員も、2018年、「The Guardian」に対し、ワインスタインは「自分が尊敬する人の前で自分を大声で叱りつけることがあった」「誰かを怒鳴りつける時、彼は相手の物真似をする。私たちはみんな大人なのに、17歳に戻ったような気がした」と語っている。「お前はクビだ」という言葉も、日常的に聞いた。社員だけでなく、ウエイターや運転手や映画監督などあらゆる人たちを怒鳴りつけるため、「公の場で彼が誰も怒鳴りつけなかった日は、1日の終わりに誇りを感じた」とも、その人物は述べた。

 そんな状況に耐える中で、その人物は「この仕事にそこまで価値があるのか」と疑問に思うようになっていったという。ルーディンにクビにされ、現在Netflixで働く女性も、「The Hollywood Reporter」に対し、「新しい職場では社員に対する敬意がすごくあることに衝撃を受けた」と語っている。憧れの業界で働きたいからといって、人権を無視した扱いに耐える必要はない。今ようやく、これまで黙ってきた人たちが、声を上げるようになってきたのだ。

俳優たちも声を上げ始めた

 声を上げ始めたのはオフィスで働く人たちだけではない。映画「ジャスティス・リーグ」に出演したレイ・フィッシャーは、ザック・スナイダーから監督を引き継いだジョス・ウェドンの現場でのキャストとクルーに対する行動は「ひどくて、虐待的で、プロ意識に欠け、受け入れられるものではなかった」と、昨年夏、ツイートで告発している。彼の共演者であるジェイソン・モモアもすぐに共感を表明。少し時間が経ってから、ガル・ガドットも現場で問題があったことを認めるコメントをした。

 今年に入ってからは、過去にウェドンとテレビドラマ「バフィー〜恋する十字架〜」で仕事をした女優たちも、「権力の濫用があった」「ネガティブな職場環境だった」と訴えている。テレビドラマ「ファイヤーフライ 宇宙大戦争」で脚本家を務めたホセ・モリーナも、「彼は意地悪であることはファニーだと思っているようだ。会議中に女性の脚本家を泣かせるのはとりわけ楽しいと思っているらしい。あるミーティングでひとりのライターを2回泣かせた話を、彼は誇らしげに語っている」と「Deadline」に語った。これらの問題が浮上する中で、ウェドンは、HBOのドラマ「The Nevers」を降板させられることになっている。

 エレン・デジェネレスの番組の舞台裏でのパワハラでは、プロデューサーがクルーに対するセクハラやパワハラなどでクビになったが、デジェネレス本人も、番組にゲストとして出演した俳優たちから好ましくない実情を暴露された。最初の声を上げたのは、ニッキー・チュートリアルズの名前で知られるユーチューバー。デジェネレスの番組にゲストとして呼ばれた時、ほかのもっと有名なセレブリティと差別される対応を受けたと、彼女は昨年春、メディアに告白している。その後、この事柄がますます注目を集めるようになると、俳優のブラッド・ギャレットも「彼女(デジェネレス)からひどい扱いを受けた人をひとり以上知っている。よく知られたことだ」とツイート。そのツイートに、リー・トンプソンも「本当の話」と同意した。

 デジェネレスは好感度と親切なイメージを売りにしてきただけに、これらの騒ぎを受けて番組は打ち切りになるのではないかとの憶測が出たこともあった。それはなんとか免れ、新しいシーズンはこの月曜日に始まる予定だ。しかし、彼女の人気に影響が出たことは間違いなく、視聴率の行方が気になるところである。もちろん、それよりももっと大事なのは、カメラの裏側での環境がどう変わったかだ。そこが変わっていなければ、番組に未来はない。

 一見、時代の先を行くように見えるハリウッドは、裏側は実に前時代的だった。だが、21世紀も4分の1近くが過ぎた今、もはやそれは受け入れられない。たとえボスがどんな有名人で、立派な人でも、“特別”はないのだ。誰もが安全に、気持ちよく仕事ができるよう、ハリウッドでも大きな努力が必要とされる時に来ている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事