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自腹を切って共演女優のギャラを増額したチャドウィック・ボーズマンのヒーロー精神

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
チャドウィック・ボーズマンとシエナ・ミラー(写真:ロイター/アフロ)

 チャドウィック・ボーズマンは、スクリーンの外でもヒーローだった。9日に日本公開となるボーズマン主演作「21ブリッジ」の共演者が、彼とのエピソードを明かした。

 映画はニューヨークの一夜を舞台にした犯罪アクションスリラー。ボーズマンは、複数の警察官を殺したふたり組を追う刑事アンドレを演じる。今作のプロデューサーでもあるボーズマンは、アンドレがコンビを組まされる女性刑事フランキーの役にシエナ・ミラーを希望し、自ら彼女に役をオファーした。

 役者として尊敬するボーズマンと共演できる機会をもらえたのはうれしかったものの、シングルマザーであるミラーは、娘の学校との兼ね合い上、あまり良くない時期に撮影が行われることから、一定金額のギャラをもらえるならと条件を出したという。しかし、スタジオは渋り、それより低い金額を提示してきた。すると、ボーズマンは、その差額を自分のギャラから出し、ミラーに払ってあげたのだ。

「あれほど驚いたことはなかったわ。そんなことは普通、絶対に起こらないの。彼は『君は君の価値に値する金額を受け取るべきだから』と言った。この業界で同じことをする男性がほかにいるとは、とても思えない。男性の俳優仲間にこの話をすると、みんな沈黙したわ。家に帰ってから、みんないろいろ考えたことでしょうね」と、ミラーは昨年9月、イギリスの「Empire」に対して語っている。

 筆者は2019年11月の北米公開時、ボーズマンとミラーを含む今作のキャストと監督をインタビューしたのだが、その時、その話題は出なかった。ミラーは、今まで語ってこなかったこの話を、ボーズマンが亡くなったのを受けて「Empire」に語ることにしたようだ。

アンドレ(ボーズマン)とフランキー(ミラー)は、この事件で初めて組むことに
アンドレ(ボーズマン)とフランキー(ミラー)は、この事件で初めて組むことに

 一方で、犯人コンビのひとりを演じるステファン・ジェームズは、筆者とのインタビューで、ボーズマンが現場でいかに仕事熱心で、共演者を喜んで手助けする人なのかを語ってくれた。

 映画の撮影現場では、ひとつのシーンをカメラの角度を変えて何度も撮影する。広角を撮ったらクローズアップ、役者のひとりだけが見えるもの、相手だけが見えるものなど、さまざまなバリエーションを抑えておき、編集の時の選択肢を多くするためだ。ジェームズがいうには、ボーズマンは、どのテイクでも、いつも全力を注いでいた。それだけでなく、自分が映らないテイクの時も、共演者が最高の演技をできるよう、100%の演技をやってくれたという。

「自分が映らないとわかっていても、彼はまるで手を抜かないんだ。共演相手がそんなことをやってくれるのは、役者にとってすごくありがたいことなんだよ。しかも、それぞれのテイクを撮影した後、一緒にその映像を再生して、『これ、君は満足?もう1回やりたい?』と聞いてくれる。そして僕らは次にどんなふうにやるべきかを短く話し合い、もう1回やった。本当にすばらしい経験だったな」(ジェームズ)。

 このふたり組は常に逃げているため、追いかける側のボーズマンと逃げる側のジェームズが向かい合うシーンはあまりない。しかし、後半になって出てくるそのシーンは、最も衝撃的で、心を打つシーンだ。「この映画で、チャドともっとああいうシーンをやれたらうれしかったんだけど」とジェームズは言ったが、まさかボーズマンがそれから1年もしないうちに亡くなるとは、ジェームズもこの時、思っていなかったはずだ。今となってはなおさら貴重な思い出であるに違いない。

 黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの伝記映画「42〜世界を変えた男〜」で初めて映画の主演を務めたボーズマンは、昨年、ジャッキー・ロビンソン・ディである8月28日、大腸がんのために亡くなった。通常は4月だが、昨年はコロナでメジャーリーグの開幕が遅れたため、特別にこの日になっていたのである。

 ロビンソン役で注目された後、彼は、歌手のジェームス・ブラウン、黒人初の最高裁判事サーグッド・マーシャル、スーパーヒーローのブラックパンサーなどを演じていった。最後の作品となった「マ・レイニーのブラックボトム」では、今年のオスカーの主演男優賞受賞がほぼ確実視されている。「21ブリッジ」もまた、プロデューサーでもある彼の意見がたっぷり反映された情熱の作品だ。彼のヒーロー精神を、スクリーンでぜひ感じてほしい。

13歳の時、刑事だった父が殉職した辛い経験から、やはり刑事となったアンドレ(ボーズマン)は、警官殺し事件を許せない
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場面写真クレジット:2019 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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