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ブリトニー・スピアーズは、女性蔑視社会の被害者だった

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ブリトニー・スピアーズが、アメリカで再び話題を集めている。ただし、今までとはまるで違う形でだ。過去に彼女についてのゴシップを楽しみ、笑いのネタにしてきた自分たちを恥じ、遅ればせながらも彼女の手助けをしたいという、前とは逆の形で盛り上がりを見せているのである。

 きっかけとなったのは、先週金曜日、FXチャンネルが放映し、Huluでも同時配信されたドキュメンタリー。「The New York Times Presents」というシリーズの最新回で、タイトルは「Framing Britney Spears」(ブリトニー・スピアーズを貶める)だ。

 ドキュメンタリーの焦点は、主に、スピアーズの資産が今も父ジェイミーによって管理されているという事実に当てられている。裁判所が父を後見人のひとりに任命したのは、スピアーズが、離婚や親権争いなどを経て心の病と依存症に苦しんでいた2008年のこと。それ以後の12年間に、スピアーズは回復し、ふたりの子供とも面会が許されるようになって、ラスベガスでのショーも大成功させている。にも関わらず、スピアーズは今も、スーパーやドラッグストアで小さな買い物をしてもいちいち後見人に報告しないといけないという、お小遣いをもらう子供以下の扱いを受けているのだ。そのことに対して、近年、スピアーズのファンの間では、「#FreeBritney」という抗議運動が起きている。このドキュメンタリーにも、この運動の中心人物が登場する。

彼女の心を誰も思いやってあげなかった

 しかし、なぜスピアーズがこのような状況に置かれているのかを理解するためには、そこに至るまでの経緯も振り返らなければならない。多くの人の心を痛めたのは、この部分だ。

 ルイジアナ州ケンウッドに生まれたスピアーズは、子供の頃から歌の才能を発揮し、ディズニーチャンネルの子供向け番組「The All-New Mickey Mouse Club」でデビューを飾った。ミュージシャンとしてのデビューアルバム「ベイビー・ワン・モア・タイム」がリリースされ、堂々の1位になったのは、17歳になったばかりの1999年1月。スピアーズはたちまち同世代かそれより下の女の子たちのアイドルになるも、当時のアメリカの母親たちは、まだティーンなのにセクシーを売りにしている、自分の娘に悪い影響を与えると、スピアーズを非難した。セクシュアリティに興味をもち、自分なりに探索することは、その世代にとっては普通のことで、だからこそスピアーズは同じような年齢のファンに支持されたのだが、大人たちはそれを「下品」「悪いお手本」と見たのである。これが男の子だったら、同じ扱いを受けただろうか?

「The Mickey Mouse Club」の共演者だったジャスティン・ティンバーレイクとの恋が破局した時も、スピアーズは悪者にされた。ティンバーレイクが、恋人に浮気された悲しみを歌う「クライ・ミー・ア・リヴァー」をリリースしたのも、同情を集める後押しをしている。ドキュメンタリーには、この頃、ベテランTVインタビュアーのダイアン・ソイヤーが、「あなたは彼を本当に苦しませたのね。一体何をしたの?」とスピアーズを問い詰める映像も出てくる。終わった恋愛について他人から立ち入ったことを聞かれるのは誰だって嫌なものなのに、ソイヤーは、20代になったばかりの、娘のような年齢の若い子に、テレビでそれを聞いたのだ。それはとても意地悪なことだが、その対象が普段から批判されている若い女性だからか、世間はとくに抵抗をもたなかった。

 幼なじみの男性とラスベガスで電撃結婚をし、即座に取り消した時も、その半年後にバックダンサーだったケビン・フェダーラインと結婚をした時も、世間はその”愚かな判断”を面白がった。その結婚が破局する頃、スピアーズは依存症と心の病を抱えていたことから、ふたりの子供の親権はフェダーラインに取られてしまう。ここでもまた、女性が親権を取られたということで、彼女の評判はさらに下がっている。その間もずっと、 “面白い”瞬間をとらえては金を稼ごうと、パパラッチはアリのように彼女にたかり続けた。耐えきれなくなったスピアーズが傘でパパラッチのひとりを殴ると、それもまた彼女が「みっともない女」であることの証明にされてしまう。彼女の心は本当に限界にきていたのに、誰も本気で心配してあげなかったのだ。

「#MeToo」「#TimesUp」以後、変わった人々の意識

 心の病への認識が高まり、「#MeToo」「#TimesUp」で社会に潜む男女不平等が指摘されるようになった現代ならば、人はもっと違った対応をしたかもしれない。あの頃はそこまで考えていなかったと、ソーシャルメディアには、当時の自分の姿勢を悔やむ、反省や謝罪のコメントが多く見かけられる。その中には、セレブからの投稿もある。コートニー・ラブは、「ブリトニー、ごめんなさい」とツイート。サラ・ジェシカ・パーカーは、「#FreeBritney」というハッシュタグだけの、シンプルながら、しっかりと心が伝わる投稿をしている。ベット・ミドラーも同様だ。

 スピアーズのスキャンダルを聞くことに慣れてしまった人々は、彼女の父ジェイミーが後見人のひとりとなって彼女が稼いだお金の管理をするようになってからも、そこに十分な注意を払ってこなかった。だが、このドキュメンタリーでは、父ジェイミーがそれまでスピアーズの人生にもキャリアにもあまり関わってきておらず、彼の関心は娘の稼ぎだけだったことが示唆されている。昨年になって、スピアーズは、新しい弁護士を雇い、父を外してプロの人だけに自分の後見人を務めて欲しいと裁判所に申し出た。その弁護士は、父が後見人を務めるかぎり、スピアーズは二度と歌わないと言っていること、スピアーズは十分自分で自分の面倒を見られる状態であること、父娘は会話すら交わさない仲であることも述べている。また、父ジェイミーが娘のお金を自分のことに使っている事実も指摘した。判事は、父ジェイミーを除名することをその段階では拒否しつつ、スピアーズの要望も受け入れて、新たに信託会社を後見人に追加している。「#FreeBritney」の支持者は、その結果にがっかりしている。

L.A.の裁判所前に詰めかけた「#FreeBritney」支持者たち
L.A.の裁判所前に詰めかけた「#FreeBritney」支持者たち写真:Splash/アフロ

 だが、このドキュメンタリーの反響を受けてか、現地時間今週木曜日、再び裁判所でこの件に関しての審理が行われることになったのである。今回の公判の行方が、これまでになく強い関心を集めることは間違いない。コロナ禍においても、「#FreeBritney」のプラカードをもって裁判所までやってくる人は、たくさんいることだろう。そこまでは行けなくても、今年12月には40歳になるベテランシンガーがこれ以上搾取されなくて済むようになることを願っている人は多い。スピアーズは長いこと不当な扱いを受けていた。今の時代、それを許すのは間違っている。そう応援することは、昔の自分の対応を反省する人たちにとって、せめてもの小さな償いなのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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