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カマラ・ハリスの米「ヴォーグ」表紙に人々が怒るワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
Tyler Mitchell/Vogue

 米「ヴォーグ」2月号のカマラ・ハリスの表紙は、彼女の人柄にふさわしいのか、それとも人種差別なのか。現地時間10日に、この表紙がネットでお目見えして以来、アメリカではさまざまな意見が飛び交っている。

 問題の写真は、ダークブラウンのジャケットと黒のスキニーなパンツ、素足にコンバースのスニーカーという服装のハリスが立っているというもの。背景には、彼女の出身校であるハワード大学の女子学生社交クラブのカラーを意識して、グリーンの上にピンクの布がかけられている。必ずしも悪い写真とは言えないが、このピンクの布はぐちゃぐちゃだし、ハリスもとてもリラックスしていて、本番の写真というより、テストの一枚みたいに見えるのである。

「ヴォーグ」の表紙といえば、たっぷりお金をかけて照明から背景からすべてを作り込み、モデルとなる人にトップクラスのデザイナーのドレスを着させ、撮影後も加工を加えて、やや現実離れした、美しい“アート”をイメージする。少なくともこれまではずっとそうだった。それだけに、普段のハリスのままの、力がまったく入っていないこの写真に、人は拍子抜けしたのである。しかも、今回の表紙は、アメリカ史上初めて黒人と南アジア系の血を引く女性が副大統領に就任するという、歴史的瞬間を祝う意味合いを持つもののはずだ。なのに、こんな「特別感」がなさすぎる写真にするとはハリスに対する敬意がないと、一部の人は感じたのである。

 照明についての指摘もある。ハリスの肌の色が普段より明るく見えるのは、ただ単に照明がひどいせいなのか、あるいはわざとそうしたのかと、疑問が出ているのだ。「ヴォーグ」の編集長アナ・ウィンターが、以前から人種の平等についての意識が遅れていると批判されてきたことも、輪をかけている。

 そんな中で、「ヴォーグ」は、もうひとつの候補だった表紙も公開した。デジタル版の“表紙”になるというその写真で、ハリスはゴールド系のバックグラウンドの前で、淡いブルーのマイケル・コースのパンツスーツを着て微笑んでいる。こちらのほうが圧倒的にフォーマルな雰囲気で、ハリスと彼女のチームは、これが表紙になると思っていたそうだ。どの写真を使うかの承認権はハリスにはなく、決めるのは雑誌なのだが、事前に聞かされていた話では、そういうことだったらしい。しかし、たとえこちらになっていたとしても、「ヴォーグ」らしい「特別感」はない。

 このふたつの写真をめぐる意見は多様だ。ツイッターには、「何世紀にもわたって、白人女性は黒人女性を貶めようとしてきた。アナ・ウィンターも例外ではない。初の女性副大統領が黒人だったことを、白人女性が本当に喜んでいると思う?」「カマラ・ハリスは大好きだし支持するけど、この写真は嫌い。この写真を拡散することもしたくない。アナ・ウィンターは恥を知るべきだ」「ウィキペディアの写真のほうが『ヴォーグ』の表紙より良いなんてね」など批判もある一方で、ある有色人種の女性は、「この『ヴォーグ』の表紙は良いと思う。笑顔も、背景も。優しい雰囲気。コンバースも良い。脚が引き締まっているのも感じられる。自分らしくいる女性という感じがする。副大統領をやることにも自信がある感じ。この服、私も買いたいと思う」と、褒めている。

 主流メディアも、この論争を扱っている。「New York Times」のコラムニスト、ヴァネッサ・フリードマンは、「バイデン/ハリス政権の近づきやすさを見せるためにやったことだ」という「ヴォーグ」の弁明に対し、「それは、正しくもあるし、そうでもない。ハリスは確かに自分らしさのある、近づきやすい人だが、彼女は今まさにこの国で2番目にパワフルな人になろうとしている。とくに今、この国は危機にあり、人は権威と確実さを求めているのだ」「バイデン政権にこの後どんなことが起ころうとも、彼女は世の中を変えた人なのである」と、ハリスへ敬意を払うべき理由を挙げた。また、人がどうしてここまでこの表紙を気にするのかについては、「ハリスの当選は多くの人にとってパーソナルだった。だから、どんな表紙もパーソナルになるのである。この表紙や、それが呼んだ反響には、誰も満足していない。しかし、これによって、私たちがどれほど気にかけているのかが明らかになった」と書いている。

「The Washington Post」で政治や人種を専門とする有色人種の女性批評家ロビン・ギーヴァンも、「この表紙はハリスに敬意を払わない。あまりに普通すぎる。本人からいいと言われていないのに勝手にファーストネームで呼ぶようなもの」と批判している。この写真には、権威、威光がなく、「これからやってくる政権だけで私たちは救われるのではなく、その政権のリーダーも人間なのだ」という、当然といえば当然だが、決して明るくないメッセージを世の中に送るようなものだとも、彼女はいう。何より、この写真は、「素敵!」「すごい!」と思わせない。「自分が達成したことに対して、黒人女性は『すごい!』と言って欲しいのだ」と、ギーヴァンは指摘している。

 ただし、ひとつ言っておくべきことに、このコーディネートはハリス本人が選んだということがある。「ヴォーグ」側はもちろんスタイリストを用意するつもりだったが、ハリスが断ったのだそうだ。また、カメラマンのタイラー・ミッチェルは、2018年、黒人として初めて「ヴォーグ」の表紙を撮影した人で、ハリスのインタビュー記事を書いた人も、担当編集者も黒人である。少なくとも、現場の人々に人種差別の意図があったとは考えづらいし、最終的に表紙に選ばれた写真は中面で使われるものだと思っていたとしても、あの写真がハリスの希望を反映していることは、たしかである。

 この騒ぎを見て、劇作家のポール・ラドニックは、「次期副大統領カマラ・ハリスの表紙をめぐって人は論争しているけれど、ここで大事なこと:彼女は美しく、讃えられていて、何よりこの表紙はトランプとメラニアを激怒させる。カマラはトランプが嫌うものの象徴。トランプを石頭と呼んだパワフルな黒人女性だ」とツイートした。彼の言うとおり、トランプは、就任中、妻メラニアが一度も有名雑誌の表紙を飾らなかったことを不満に思っているのである。ミシェル・オバマは、『ヴォーグ』だけで3度も表紙を飾っているので、余計にだ。

 そう思えば、どちらの陣営も、少し気分が楽になるのではないか。ハリスが「ヴォーグ」の表紙に出たということだけで、意味はあったのである。ゴージャスな写真は、この次にやればいい。もちろん、彼女が副大統領に就任する、この記念すべきタイミングでやるのがベストだったけれども、これからの4年間、チャンスはたっぷりあるだろう。それに、そもそも、そこは決して大事な部分ではない。「Los Angeles Times」のコラムニスト、メアリー・マクナマラは、この騒ぎについて自分も怒りたいが、怒れないと書いている。「ほかにもっと怒るべきことがありすぎるから。トランプと彼の支持者のせいで私たちがハリスの身の安全を心配するはめになってしまい、彼女が達成したことを祝福できないのもそのひとつ」と、マクナマラは述べる。そのとおり、我々が心配すべきことはほかにもっとある。だが、きっと、バイデン/ハリス政権は、その最も大事な部分で優秀さを見せつけ、威光を放ってみせることだろう。コンバースのスニーカー姿でも、それを履いている人のすばらしさは確実に伝わってくるように。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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