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毒親に苦しめられたシャイア・ラブーフ:「俳優になっていなければ犯罪者になっていた」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
自らの虐待体験を映画にしたシャイア・ラブーフ(写真:REX/アフロ)

「もし俳優になれなかったら、何になっていたと思いますか?」

 ハリウッドスター、とりわけ若手のインタビューで、それは、時々出る質問だ。よくある答のひとつは、「獣医」。「それはわざと考えないようにした」「オフィスでつまらない仕事をしていただろう」というのもある。

 だが、シャイア・ラブーフは違っていた。「ウォール・ストリート」(2010)が北米公開される前のインタビューで、当時23歳だった彼は、「犯罪者かな」と言ったのである。一瞬、冗談かと記者たちがとまどうと、彼はまじめな顔でこう続けた。

「たぶんそうなっていたね。僕はどの学校に行っても退学にさせられたし、ほかの道は何もなかった。僕に与えられた選択肢は、犯罪か撮影現場。それだけだったんだ」。

「ウォール街」(1987)の続編であるこの映画でトレーダーを演じるにあたり、ラブーフは、2万ドルの予算をもらい、取引の練習をしている。それについても、彼は、「母が笑うよ。僕はすごく貧乏な家で育って、生活保護を受けていたのに、今じゃ毎朝2万ドルを動かしているんだからさ。いくら自分のお金じゃないとはいってもね」と語っていた。

 もっと若い頃にも、彼は「演技を始めたのは生活費を稼ぐため」、「本当の貧乏を知らないだろう?」などという発言をしてきている。両親は幼い頃に離婚しているし、彼の生い立ちは複雑なのだろうと、推測はしていた。だが、それがどんなに苦しいものだったのかを、筆者は、「ハニーボーイ」を見て初めて知った。彼自身が脚本を書きおろした「ハニーボーイ」は、12歳だった頃の自分と父の関係を振り返るもの。そこには、これまで我々に見せることのなかったラブーフの姿があるのだ。

「ハニーボーイ」で、ラブーフは、自分を虐待した父を演じる
「ハニーボーイ」で、ラブーフは、自分を虐待した父を演じる

 ラブーフは、依存症に陥った結果、交通事故を起こしたり、迷惑行為を行ったりして、何度か警察に逮捕され、更生施設に入れられている。その施設で、彼は、指導員から、自分の過去を書き出してみるようにと言い渡された。さらに、昔の自分と、自分を虐待した父、両方の役を自分で演じるという治療も受けている。

 その「ひとり二役」のセラピーを、ラブーフは録音し、文字に書き起こして、以前から親交のあったドキュメンタリー映画監督アルマ・ハレルにメールで送った。自身もアルコール依存症の父のもとに育ったハレルは心から共感し、「これは映画になる」と、その時から信じていたという。「ハニーボーイ」は、そんなふうに、彼の心の告白から生まれたのだ。

 映画は、ラブーフ自身の体験同様、事故を起こした22歳の俳優オーティス(ルーカス・ヘッジス)が更生施設に入り、父に子役として働かされた12歳の自分(ノア・ジュプ)を思い出す形で展開する。自分を虐待した父をラブーフ自身が演じているのは、嫌味でもあてつけでもなく、先に述べたように、いわば治療の延長だ。施設でもやってきたことではあるが、それでも撮影現場でラブーフはしばしば苦しんでいたと、ハレルは振り返る。プロデューサーのひとりも「私は70本も映画を作ってきたけれど、こんなに精神面でハードだった映画はない」と言ったいう。

 実際、ラブーフとジュプのシーンは、見ていて胸が痛む。あの年齢でタバコを覚えさせられ、学校にもろくに行かせてもらえず、汚い言葉や、暴力も浴びせられるのだ。ドジャースで野茂が大活躍している頃で、彼が投げる試合に連れて行ってもらえる機会を得られたのに、父の嫉妬でおじゃんにされた。すでに犯罪歴のある父が、また何かしでかして捕まってしまったらという不安も、常にある。一度くらい普通のお父さんになってもらいたい。それが、彼の痛切な望みだったのだ。

12歳の頃のオーティス(つまりラブーフ)を演じるのは、「フォードVSフェラーリ」「ワンダー 君は太陽」のノア・ジュプ。22歳の彼を、ルーカス・ヘッジスが演じている
12歳の頃のオーティス(つまりラブーフ)を演じるのは、「フォードVSフェラーリ」「ワンダー 君は太陽」のノア・ジュプ。22歳の彼を、ルーカス・ヘッジスが演じている

 この映画を見て気づいたが、「ウォール・ストリート」は、ラブーフが事故を起こして警察沙汰になった後に撮影したもので、まさにこの映画で描かれるオーティスの「その後」だったことになる。そう思うと、ラブーフがインタビューで言っていたことが、ますます意味をもってきた。たとえば、彼は、一番楽しいと感じる場所は撮影現場だと言っている。「僕は、撮影現場にいる時、一番輝く。現場では、クリスマスと正月と誕生日が一緒に来たように感じる。祝福の時のように」というのだ。彼はまた「ひとりでいるのが好き」とも言った。「そのほうが安心できる」というのも、当時は妙に感じたが、今は納得できる。

 そして、もうひとつ、彼は、「自分がまた貧乏になることは絶対にない」と断言していた。「それだけは絶対に嫌だから。その強烈な嫌悪がそこに行くことをさせない」。だから、メジャースタジオの主役級になっても、「金遣いにはものすごく慎重」と言ったのである。

 彼にとって、貧乏は、つまり、あの頃の思い出だったのだ。自分の力で貧乏から抜け出した後も、その思い出からは、ずっと抜け出せなかった。しかし、「ハニーボーイ」で、彼はすべてを吐き出した。そんな今、彼の傷には、前より少しだけ、かさぶたができているだろうか。

「ハニーボーイ」は8月7日(金)より全国順次公開。

場面写真:2019 HONEY BOY, LLC. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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