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コロナで苦しむ米映画館が無謀な決断。映画館文化はこれで終わるのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
つい3ヶ月前、AMCはユニバーサルをボイコットしていたのだが...(写真:ロイター/アフロ)

 コロナで存続の危機に直面しているアメリカの映画館が、ありえない妥協をした。これまで3ヶ月が常識だった劇場公開からホームエンタテインメントまでの間隔を、17日までに縮めると決めたのである。引き換えに、有料配信で得られる収益の一部を受け取るというのが条件だ。

 そんな衝撃のディールを結んだのは、世界最大の映画館チェーンAMCとユニバーサル・ピクチャーズ。この組み合わせだったところにも、AMCの絶望感がうかがえる。コロナパニックの初期、映画館がクローズしたのを受けてユニバーサルが新作「トロールズ ミュージック★パワー」(日本公開は10月)を20ドルでレンタル配信に出した時、「ユニバーサルの作品はいっさいうちの劇場でかけない」と激怒したのが、AMCなのだ。理由はそれこそ、ホームエンタテインメントまでには3ヶ月を開けるべきということ。なのに、彼らは手のひらを返し、目先の小さな収益のために、劇場ビジネスの生命線である「映画館だけで見られる」期間を売ったのである。

 この「3ヶ月」の規定は、興行主たちが長年守り抜いてきたものだ。ハリウッドのメジャースタジオは、できればもっと短くしたいのが本音なのだが、興行主なくして映画の公開は成り立たない現実をふまえ、我慢してきた。なぜ映画館側がより長く、スタジオがより短い「劇場オンリー」の期間を望むかというと、映画の公開期間が長引くにしたがって、売り上げの配分が変わるからである。公開当初はほとんどをスタジオが取るが、時間が経つにつれて彼らの取り分は減り、いずれは半分ずつになる。だから、すぐに家で見られるようになってしまっては、劇場はあまり儲からないままで終わる。一方で、スタジオにしてみたら、大ヒットした作品はいいが、全然ふるわなかった映画は、儲からないとわかったのに劇場に残しておくよりも、さっさとホームエンタテインメントに出してそっちで稼いだほうがいい。

 仲間への裏切りとも言えるこの独断の行為に、同業者はもちろん怒りの声を上げた。世界で第2の規模をもつシネワールドのCEOは、Deadline.comに対し、「そのやり方はまったく意味をなさない。これは間違ったタイミングでの、間違った行動だ」とコメントしている。興味深いことに、スタジオもまた、このアイデアには反対だったようだ。「Los Angeles Times」が報道するところによれば、AMCは、ディズニー、ワーナー、パラマウント、ソニーにも同じディールをもちかけたのだが、断られたそうなのである。一部とはいえ有料配信の稼ぎまで取られるのが嫌だったのか、映画業界全体のために良くないと思ったのか、AMCがあまりに切羽詰まっていて引いたのか、理由はわからない。

劇場主団体は謎の沈黙

 ただ、これがAMCのためにならないというのは、多くが同意するところだ。「The Wall Street Journal」は、「人はこれからも『スター・ウォーズ』やマーベルの映画ならば映画館に見にいくだろうが、それらの超大作は年にそれほど多くない。それ以外は家でと思うだろう」「再オープンしたらマスクを着けて行かなくてはならないところへ、すぐに家で見られるようになるとなったら、映画館にとって良い話ではない」と書いている。ウォール街のアナリスト、マイケル・ネイサーソンも、「コロナ禍で、2週間待てば家で見られると訓練されてしまった観客は、長期的にも、ブロックバスター映画以外に対しては同じ行動を取り続けるだろう。そうやって観客動員数が減れば、利益率の高いフードやドリンクからの収益も落ちる」と分析した。業界サイトのコメント欄にも、「17日は短すぎる。せめて60日くらいにすればよかった」「バイバイ、AMC。仲間を道連れにして楽しい?」「終わりの始まりだ」といったネガティブな投稿が数多く見受けられる。

 一方で、必ずしも悪いのかどうか、今はまだわからないとする見方もある。別のアナリスト、エリック・ワードは、このディールを結んだからといってユニバーサルがすべての映画を公開17日後に配信に出すとはかぎらないと指摘。彼がいうには、ユニバーサルにとってはヒットしている映画は長く劇場に残し、ヒットしなければすぐにもっと安く見られる配信に出すという柔軟性はありがたく、マーケティングも1回で済んでコストが削減できる。また、AMCにとっても、人が入らない映画にスクリーンを占領されているより配信の売り上げをもらうほうがいいだろうというのだ。その意味で、今後、別のスタジオも、似たようなディールを結ぶかもしれないとも、彼は予測する。

 不思議なことに、「トロールズ〜」の時には「これを普通にしてはいけない」と苦言を呈した全米劇場所有者団体(NATO)は、この件に関してまだ何も発言していない。彼らこそ、ずっと「3ヶ月」を主張し続けてきた張本人なのに、である。なぜ何も言ってくれないのかと、小規模な劇場のオーナーからは焦りの声も聞こえる。彼らは今、内部で何を話し合っているのだろうか。彼らなりの決断が出た時、そこから何が起こるのか。いずれにしても、映画館文化が今変革期を迎えているのは、間違いない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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