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ハリウッド映画が、日本で先に公開に?コロナが変えるエンタメ界の常識

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A.の映画館には、3月時点での映画の看板が出たまま(筆者撮影)

 ハリウッドの超大作が、アメリカより先に日本で公開されるようになるかもしれない。アメリカでコロナが猛威をふるい続ける中、そんな可能性が濃厚になってきている。

 今週、ワーナー・ブラザースは、クリストファー・ノーランの「TENET テネット」を北米の公開カレンダーから削除、「これまでとは違うやり方でマーケティングと配給を行っていく」と発表した。「TENET〜」はこれまでに2度北米公開日が動き、8月12日で落ち着いていたが、新たな日程は決まっていない。一方、アメリカより数週間、あるいは数カ月遅れてハリウッド映画が公開されるのが昔から普通の日本では、今作の公開日は9月18日で一貫しており、今も変更はない。

 小規模作品はともかく、「TENET〜」のように巨額の予算をかけたハリウッドのメジャー映画は、話題性、期待感を最大限に高めるべく、できるだけ全世界で一気に公開するのが原則だ。その核となるのが、お膝元で、世界最大の映画市場でもあるアメリカである。海外市場が成長してきた近年、とりわけアクションやスーパーヒーロー映画では、外からの売り上げが全体の3分の2を占めることも普通になってきたが、それでも自分の国を大幅に後回しにすることは、これまで考えられなかった。

 しかし、現在、ニューヨークとロサンゼルスをはじめとする多くのアメリカの大都市で、映画館は、まだオープンしていない。ロサンゼルスでは、先月半ばに一度、映画館にも再オープンの許可が出たのだが、新作がないこともあり、大手チェーンは今月末の営業再開をめざして準備をしていた。そこへまた感染が拡大、映画館のオープンが禁止されただけでなく、再び外出禁止命令まで出されそうな状況になってしまったのである。反対に、ニューヨークは見事に感染を抑えてみせたのだが、ほかの州の経済再開失敗例をふまえて慎重になっており、映画館に関しては、いつ営業再開をしていいのか、発表されないままだ。

 その間、ヨーロッパの多くの国では、映画館が次第にオープンしてきた。アジア諸国でも、先週末は韓国映画「新感線 ファイナル・エクスプレス」の続編「Peninsula(半島)」が大ヒットデビューを果たし、劇場ビジネスが息吹を取り戻している。今週は、中国でもいよいよ映画館のドアが開かれる。

プレミアまで済ませておきながら、「ムーラン」は、コロナの緊急事態宣言で公開が延期に。その後もしばらく、この映画の広告は街のあちこちで見かけられた(筆者撮影)
プレミアまで済ませておきながら、「ムーラン」は、コロナの緊急事態宣言で公開が延期に。その後もしばらく、この映画の広告は街のあちこちで見かけられた(筆者撮影)

 これだけの市場がすでに商品を受け取れる状況にあるのに、自国優先を貫いてハリウッドが供給しないというのは、理にかなわない。言語が同じアメリカの作品に大きく頼るイギリスでは、コロナパニック後最初の大作となる「TENET〜」の公開がまた延期になるのなら、映画館のオープン自体もまた延期しようと大手チェーンは考えているようである。「映画とは映画館で見るもののことをいう」との主張を掲げ、映画館ビジネスを支持するノーランが、不本意にも自分の出身国の映画館を苦しめることになるのだとしたら、これまた皮肉だ。

 そういう意味でも、アメリカはひとまず置いて、安全に上映できるほかの市場から公開していくという判断は、しごく妥当で、良策と思える。8月21日に北米公開を控えるディズニーの「ムーラン」も、アジア市場から大きな売り上げを見込んでいることを考えれば、アメリカのせいで保留を続ける必要はないだろう。イギリス一色の「キングスマン:ファースト・エージェント」も同様だ。

 その結果、全体の興行収入にどんな影響が出るのかは、今のところ、まったくわからない。北米の外でも、まだ映画館ビジネスは通常とは言えないだけに、がっぽり稼げたはずの作品が、そのいくらかしか稼げなかったということは、十分起こり得る。また、外国で先に公開された映画が数カ月遅れで回ってきた時、アメリカの観客がまだ興奮して劇場に駆けつけてくれるのかも不透明だ。

 しかし、今は、完全なる非常時。誰もが、先の見えない中で判断を迫られている。ビッグスクリーンのために作ったのにストリーミングに直行させられた作品もあれば、劇場公開の約束はとどめても1年以上も延期になった映画もある。海外から先に劇場公開というのは、そこに加わった新たな選択肢のひとつにすぎない。

 どの方法であれ、選んだ人は、その作品にとってそれが最良だと思い、そうしている。結局のところ、作った人、出演した人が、一番望むのは、観客に見てもらえること。永遠に棚上げされるのは、大きな苦痛なのだ。見てもらえた結果、良い作品であれば、映画はいつまでも残る。このタイミングに当たったのは不幸だが、それはこの業界にかぎらない。こんな状況下でも、なんとか映画が観客に届き、長い目で愛されてもらえるよう、エールを送りたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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