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来年のオスカーでNetflixの「作品賞受賞」がますますありえるワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A.で映画館はまだ閉鎖したまま(筆者撮影)

 映画館で新作を見る日が、アメリカで、また少し遠のいたかもしれない。カリフォルニアで再びコロナが感染拡大する中、現地時間13日、ギャヴィン・ニューサム州知事が、映画館を含む屋内のビジネスの多くを州全域で禁止したのだ。

 もっとも、L.A.やサンフランシスコを含むほとんどの郡で、映画館は3月中旬からずっと閉まったままである。オープンしているのはドライブインシアターと、コロナの影響をほとんど受けていない地域の個人経営劇場だ。そんな中で、大手劇場チェーンは、今月末のオープンを目指し、準備を進めてきていた。だが、今月1日、ニューサムは、感染拡大の兆候を警戒し、L.A.を含む19の郡で、最低3週間、映画館や、レストランの屋内席での飲食を再び禁止。実際に3週間ですめば22日にはオープンできて問題はなかったのだが、この新たな通達で希望が薄れてしまった。

 この間、新作映画の公開予定日も変わり続けている。コロナパニック後、初のメジャースタジオの大作となるクリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」は、当初、今週の北米公開が予定されていたが、2度変更されて8月12日になった。「TENET〜」に先駆けて公開される予定だったラッセル・クロウ主演のインディーズ映画「Unhinged」も、今月31日に延期されている。

 今の状況では、「Unhinged」はたぶんまた動かざるをえないだろう。1ヶ月あるとはいえ、「TENET〜」もどうなるかわからない。なにせ、問題はカリフォルニアだけではないのだ。フロリダでは先日、1日の感染者数が1万5,000人を超えたし、テキサスやアリゾナもひどいことになっている。一方、見事に抑え込んでみせたニューヨークは、ほかの州の失敗例を見て非常に慎重なアプローチを取っており、映画館の再開について、アンドリュー・クオモ州知事は何も語っていない。8月初めの段階で、まだニューヨークでもカリフォルニアでも映画館がクローズしていたら、「TENET〜」も、また延期するしかない。2億ドル(約210億円)もの予算をかけた映画を、最も大きな市場が閉まった中で公開することは、経済的に意味をなさないからである。

劇場公開をあきらめ、ストリーミングに放出される作品も多数

 だが、終わりが見えないまま、これを延々と繰り返すのは、果たして正解なのだろうか。その答は、「作品による」だ。

「映画とは映画館で見るもののこと」と主張する大巨匠ノーランの映画を、彼をお宝として扱うワーナー・ブラザースがストリーミングに直行させることは、まずありえない。しかし、ディズニーは、7,500万ドルも出して劇場配給権を買ったブロードウェイ劇「ハミルトン」収録映画を、Disney +での配信に切り替えている。今作がデビューする前後の3日間、Disney + のアプリのダウンロードは前の月よりおよそ80%もアップしたとのことで、そのメリットはあったと思われる。

 ほかに、ソニー・ピクチャーズはトム・ハンクス主演の「グレイハウンド」をApple TV+に、パラマウントはロマンチックコメディ映画「ラブバード」をNetflixに売った。ユニバーサルも、ジャッド・アパトー監督の「The King of Staten Island」をオンディマンド(VOD)配信に切り替えたし、昨年のトロント映画祭でプレミア上映されたクリスティン・スコット・トーマス主演の「Military Wives」も、劇場公開を飛ばしてHuluでの配信になっている。

 こういった人間ドラマや小粒な作品には、今後もおそらくネットでの公開に移行するケースが見られるだろう。また、ヴェネツィア、トロント、ニューヨークなど秋の映画祭では毎年、オスカーで大健闘する上質の作品の数々が上映されるが、コロナ情勢次第で、それらの作品も、アメリカの配給は、いつまでもとっておくのでなく配信でのデビューを選ぶ可能性は高い。映画アカデミーは、今年度にかぎり、劇場公開していない作品にも資格を与えたので、賞に関していうなら劇場にこだわる絶対的理由はないのである。

「ストリーミングであること」が障害ではなくなる

 だが、そうすると、次のオスカーでは、劇場公開をされなかった秀作映画がお互いに競い合う状況になるかもしれない。もちろん、この後コロナの勢いが衰えたら話は違ってくるが、現状、今年は3月中旬までしか映画館が開いておらず、そこまでに公開された中に、オスカー最有力と思われるものはほとんどないのだ。

 そんな状況下では、これまでNetflixの作品賞受賞を妨げ続けてきた偏見や抵抗がなくなる。2019年のオスカーで、最有力と思われていた「ROMA/ローマ」が「グリーンブック」に敗れた要因のひとつに、「ROMA〜」がNetflix作品だったことが関係していると考える人は、少なくない。しかし、ほかの候補も配信作品なのであれば、もうそれは意味をなさない。Netflixが念願を達成できるとしたら、たぶん、この年なのだ。

 さらに彼らは、ほかのVOD作品には太刀打ちできないようなマーケティング予算を使える。「ROMA〜」のためにも、今年の作品賞候補だった「アイリッシュマン」のためにも、Netflixはメジャースタジオ顔負けのキャンペーンを行った。コロナで会員数が増えている彼らが、この時とばかりに今まで以上の宣伝活動を展開したらどうなるか。Netflixはまた、コロナで仕事を失った業界関係者のために多額のお金を寄付するなど善意の活動で印象を高めており、それもプラスになりえる。

 その結果、見事、作品賞を獲得すれば、立派な前例ができ、それは今後の常識となるだろう。しかし、それはまた劇場主の心象をなおさら逆なですることにもなる。ただでさえNetflixを敵対視している劇場主にしたら、自分たちが営業できずにいる中、本来は劇場用映画のためにある賞をかっさらわれたとあれば、おもしろいはずがない。もちろんそれはメジャースタジオにしても同様である。

 しかし、それは避けられないのかもしれない。コロナは、すでに社会のいろいろなことを変えてきた。その多くは、すでにその傾向があったところを後押しされた形である。映画とストリーミングの共存、オスカーの定義というものも、ここのところしばらく論議されてきたこと。今、いよいよコロナがその決断を下すのかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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