Yahoo!ニュース

「風と共に去りぬ」が早くも配信復帰。付属の映像が与える意義は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
きっかけとなる意見記事を書いたジョン・リドリー(写真:Shutterstock/アフロ)

「風と共に去りぬ」が、早くもストリーミングサービスHBO Maxに戻ってきた。ジョン・リドリーが「L.A. Times」に書いた意見記事を受けてラインナップから削除されて、わずか2週間でのカムバックだ。

「それでも夜は明ける」を書いた黒人脚本家のリドリーは、「しばらく時間を置いた上で」、解説を付けたり、奴隷制度や当時の南部がどんな状況だったのかを語る作品と並べたりするなどして復活させてはどうかと提案していた。「時間を置く」部分は無視したものの、それ以外について、HBO Maxは、条件を満たす努力をしている。

 まず、本編が始まる前には、シカゴ大学教授でターナー・クラシック・ムービーズ(TCM)チャンネルのホスト、ジャクリーン・スチュワートによる4分半ほどのイントロダクションがもうけられた。スチュワートは、最初に、この映画がいかにヒットし、賞賛を受けたかを述べる。一方で、抗議の声は映画化が決まった頃からあり、プロデューサーのデビッド・O・セルズニックも、撮影開始前、「マイノリティの方々のお気持ちに配慮するようにします」と全米黒人地位向上協会(NAACP)に伝えていた。にもかかわらず、映画は、マーガレット・ミッチェルの書いた小説のとおり、奴隷制度の残酷さを否定し、人種差別を肯定するものになったと、スチュワートは説明。黒人キャストはプレミアに出席が許されず、オスカー授賞式でも黒人女優ハティ・マクダニエルが同じテーブルに座らせてもらえなかったなどの事実にも、彼女は触れている。

HBO Maxで解説のイントロダクションをするジャクリーン・スチュワート(筆者によるスクリーンショット)
HBO Maxで解説のイントロダクションをするジャクリーン・スチュワート(筆者によるスクリーンショット)

 そんな映画を見るのは「居心地が悪く、胸が苦しくなるかもしれません」と、スチュワート。「それでも、この古典映画を元の形のままで見ることができ、論議ができるのは、大切なこと。そこには、製作当時の社会的背景が反映されています。これらの映画は、その頃、ハリウッドでは何が許されていて、観客はどんなものに魅力を感じたのかを教えてくれるのです」という彼女は、これほどまでに大ヒットした映画だけに、この80年間、無意識のうちに観客が受けた影響は大きいのだとも指摘している。

 HBO Maxは、ほかに、昨年4月のクラシック・フィルム・フェスティバルで行われたパネル討論の映像と、マクダニエルについての短いドキュメンタリーも、並べてアップしている。パネルのテーマは「『風と共に去りぬ』の複雑なレガシー」で、ホストは黒人の映画やテレビを専門とする映画史研究家ドナルド・ボーグル。こちらの尺は1時間弱。マクダニエルのドキュメンタリーは、およそ4分だ。

この映画を見る人の受け止め方は変わるのか

 皮肉なことに、HBO Maxが「風と共に去りぬ」をラインナップから削除したことで、今作の需要は、突然にして高まっている。HBO Maxは、リドリーに名指しされたから削除したのであり、名指しされなかったAmazonは、その後も堂々とこの作品のDVDやブルーレイを売り続け、プライム・ビデオでもレンタル配信をしていたのだ。おかげで、Amazonにおけるこれらの売り上げは急上昇。現在も、75周年記念のブルーレイとDVDのセットが、売り上げランキングの2位に君臨中だ。そんなふうにライバルに美味しいところ取りをされたのも、HBO Maxが焦ってラインナップに戻した大きな理由だろう(リドリーが記事でHBO Maxを名指ししたのは、おそらくこのストリーミングサービスがデビューしたばかりで、今作をあえてお宝ラインナップとしてうたっていたから。また、デビューの時期がジョージ・フロイド氏が殺された直後で、抗議運動が起こり始めた頃だったのに、その後もずっと今作をトップページに出していたこともあると思われる)。

 そんなHBO Maxの努力には、意味があったのか。意見記事が出た数日後、リドリーは、Deadline.comに対し、「『風と共に去りぬ』の前にバンパーを付けたからって、大きな変化があるのか?いや、それはないかもしれない」と語った。

「風と共に去りぬ」は、奴隷制度の残酷さにあえて目をつぶっている(TCM)
「風と共に去りぬ」は、奴隷制度の残酷さにあえて目をつぶっている(TCM)

「でも、今、(抗議デモで)道に出ている人たちの層や、数を見てみてよ。この人たちの多くは、1ヶ月前にはこういうことが全然わからなかったか、白人のほうが黒人より辛い目に遭っているなどと思っていた。それが、今、目覚めたんだ」と、彼は続ける。

 彼はまた、フロリダ州パークランドの高校で起きた銃乱射事件をきっかけに若者が銃規制に向けて立ち上がったり、「#MeToo」で女性たちが声を上げたりしたことにもなぞらえた。「『#MeToo』が起きてから、人は、女性たちの声にそれまでと違う形で耳を傾けるようになった。多くの女性は、それでもまだ十分でないという。若い人たちも、まだ学校に行くのが怖いという。言いたくはないが、学校での銃乱射事件は、また起こるだろう。だが、私たちが前進していることに間違いはない。人が関心をもつようになったのは、明らかに見て取れる」。

 それと同じことが、きっと、「風と共に去りぬ」にも起きるような気がする。あの映画にはそういう見方もあったのかと気づくだけでも、重要な第一歩だからだ。この一連の騒動には、意味があった。将来、歴史を振り返って、人はそう認識するのではないだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事