Yahoo!ニュース

エルトン・ジョンをブレイクさせたL.A.のライブハウス、コロナで存続の危機

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
数々のスターを生み出し、「ロケットマン」にも登場したトルバドール(筆者撮影)

 カリフォルニア州が経済再開に向けて動き出す中でも、多くのビジネスは、あいかわらず希望の光を見出せずにいる。ハリウッドの老舗店のいくつかもすでに店を閉めたが(ハリウッドの老舗、コロナで次々廃業。タランティーノ映画に出た店も)、今度は60年以上の歴史を誇る伝説のライブハウスが、存続の危機を訴えた。

 そのクラブは、ウエストハリウッドのサンタモニカ・ブルバード沿いにあるトルバドール。昨年の映画「ロケットマン」にも登場した場所だ。映画の中では、駆け出しだったエルトン・ジョンがここでパフォーマンスをし、たちまち注目の人となった様子が描かれる。

 創業者は、映画ではテート・ドノヴァンが演じたダグ・ウエストン。「L.A.のシンガーソングライターのゴッドファーザー」とも呼ばれた彼は、ジョンだけでなく、数々の新しい才能を発掘していった。ここでアメリカデビュー、またはL.A.デビュをしたミュージシャンには、ニール・ヤング、ビリー・ジョエル、クリス・クリストファーソン、レディオヘッド、リリー・アレンなどがいる。トム・ウェイツは、ここのアマチュアナイトに出演してマネージャーを得ているし、ジャニス・ジョプリンは薬物過剰摂取で死ぬ前夜をここで過ごしている。

 ウエストンは1999年に亡くなっているが、その後も人気は堅調で、緊急事態宣言で休業を強いられることになった前夜のショーも埋まっていたという。コロナ関連の廃業には、それ以前から売り上げが減っていたところに最後のひと押しをされてしまったケースが多いが、この店の場合は別。彼らにとっての問題は、再開できる日が、ほかの業種と比べてとてつもなく遠いことだ。

来年の中ごろまで待ち、4分の1の定員で再オープンするのか?

 ギャヴィン・ニューサム州知事が発表した4段階の経済再開計画において、ライブハウスは、コンサート会場、観客を入れたスポーツの試合、コンベンション会場と同じ、最後の段階。この第4段階に進むためには、治療法またはワクチンが確立されていることが条件だ。年内にこの段階に達するのはまず無理と、多くの人は見る。

 さらに、ソーシャル・ディスタンシングの問題がある。どの段階に進む上でも、ソーシャル・ディスタンシングは必須条件。たとえば、第2段階に入るこの金曜日からは、書店、花屋などのオープンが許されるものの、今のところは事前にオーダーした物を店の前で受け取るシステムにかぎられている。レストランや映画館が再オープンできる時が来ても、定員は半分またはそれ以下になる可能性が強い。

「ロケットマン」にも明らかなように、トルバドールの大きな魅力のひとつは、アーティストとの距離が近く、一体感があることだ。現在のオーナーの娘で、総支配人を務めるクリスティーン・カラヤンは、「L.A. Times」に対し、「来年の中ごろまで待って、4分の1の定員で再オープンするということ?そんな状況は想像できない。客がトイレに行くのだってコントロールしろというのか」と語っている。

 そんな中でも、支援者らは、人々から寄付を募るべく、GoFundMeにページを開設した。そのページでは、「私たちは、小規模な独立系のクラブです。およそ20人の時給制スタッフには、バーテンダー、警備員、サウンドや照明の技術者、チケット販売担当者などがいます。これらの人たちが、あなたたちをウエルカムしてきました。寄付の100%は、これらのスタッフと、クラブのために使われます」と呼びかけられている。目標金額は5万ドル。ツイッターにも、「トルバドールを救おう」という投稿が相次ぎ、現在までに、半分を超える2万8,000ドルが集まった。

 しかし、たとえ目標額に達したところで、根本的な解決にはならない。コロナが彼らに与えた脅威は、ずっと大きいのである。人々が愛したトルバドールが戻ってこられる日は、果たしてやってくるのか。このクラブに恩のある大物ミュージシャンらは、そのために何か行動を起こすのだろうか。ついに再びドアを開ける夜が来たら、その中は、どのような光景なのだろう。答を知る人がいない中、不安が募り続ける。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事