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ワインスタインに懲役23年。「神」と呼ばれた男の哀れな末路

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 かつてオスカーを牛耳った男は、刑務所で人生を終えることになりそうだ。ハーベイ・ワインスタインに、23年の実刑判決が下りたのである。メリル・ストリープが受賞スピーチで「神」と呼んだ男は、正真正銘、性犯罪者として歴史に名を残すことになった。

 2017年10月に「New York Times」と「New Yorker」が立て続けにワインスタインの長年のセクハラを暴露する記事を出して以来、彼に被害を受けたと名乗り出た女性は、ニューヨーク、L.A.、ロンドンを合わせ、80人以上。しかし、時間が経ち過ぎている、管轄内でない、などの理由で、今回のニューヨークでの裁判の対象となったのは、ミリアム(ミミ)・ハーレイとジェシカ・マンという、ふたりの女性だった。

 先月24日、陪審員は、ハーレイの件に対して第1級性暴力、マンの件に対して第3級レイプを宣告している。裁判では、ハーレイとマンが問題の事件の後にワインスタインと合意の上での性関係をもっていた、「愛している」などのメールを送っていた、友人にワインスタインとの関係を好意的に語っていたなどの証言がされたことから、有罪を勝ち得たこと自体が、まず画期的だった。ワインスタイン本人も、裁判の後半、自分に有利な証言が次々に出てくるにつれ、リラックスした態度になっていったと報道されている。

 それだけに、有罪判決を聞いた彼は、「理解できない」という表情になったそうだ。一方で、その日、マンハッタン検事長は、「夜道で見知らぬ男に襲われることだけがレイプではないのです。恋愛関係にある相手であれ、仕事関係の相手であれ、レイプはレイプ。被害の1時間後に届け出ても、何年か経ってからでも、届けることがなかったにしても、レイプはレイプ。今日は、アメリカにおける性暴力の意味が変わった、新しい日です」と誇らしげに語った。そして今日、あらためて、「#MeToo」支持者たちは、裁判長による量刑に「新しい日:その2」を実感することになったのである。

弁護士は「これじゃあ、殺人犯より重い!」

 ハーレイへの罪の刑期は5年から25年、マンへの罪は18ヶ月から4年。量刑が決められる前、検察側は「最大に近づけてほしい」、弁護側はワインスタインの健康状況や、すでにすべてを失っていることを理由に「最小に当たる5年にしてほしい」と、それぞれ裁判長に嘆願を出していた。

 結果的に23年という最大に近い判決が出たことについて(内訳は、ハーレイへの罪が20年、マンへの罪が3年)、ワインスタインの弁護士のひとりドナ・ロチューノは、「これじゃあ、殺人犯より重いじゃないですか。この数字は社会からの圧力を受けてのものです。証拠を受けてのものではなく、正義ではありません。この数字に、私は激怒しています。この数字は、臆病者の数字。陪審員が屈服したように、裁判長も屈服したのです」と述べている。

 弁護側はすでに上訴の手続きに入っているが、ワインスタインはL.A.の検察からも起訴されており、まもなくL.A.への送還が要請される予定で、ニューヨークでの新たな裁判は、その後になりそうとのことだ。L.A.での裁判の対象となっているふたりは、いずれも2013年にワインスタインからレイプ被害に遭ったと訴えている。ハーレイの件が2006年だったこと、ハーレイやマンと違い、L.A.の女性らは事件後ワインスタインと親しい関係になかったことなどから、ニューヨークで有罪となった今、L.A.でも同様の判決を得られる可能性は高いと見られている。

「#MeToo」リーダーたちの喜びの声

 ワインスタインや、ほかのハリウッドの権力者からセクハラやレイプの被害を受けたと名乗り出ている女優たちは、この量刑を受け、次々にソーシャルメディアで喜びのメッセージを送った。ワインスタインのセクハラを拒否したせいでキャリアを潰されたミラ・ソルヴィーノは、「法が被害者のために動いてくれたことに感謝します。文字通り、涙が出ました」、同じくワインスタインに仕返しを受けたロザンナ・アークエットは、裁判長ジェームズ・バークに「ほかの人たちのように彼に金で買われなかったことに感謝します」など複数のコメントをツイートしている。

 駆け出しの10代の頃にハリウッドの権力者からレイプされたことを告白しているリース・ウィザスプーンも(その男性の実名を彼女は明かしていない)、「アメリカの法制度に新たな希望を感じました」とツイートした。また、近年、政治風刺アーティストとしての才能を発揮しているジム・キャリーも、あたかももう死んだかのような「1952-2020」と書かれたワインスタインのポートレイトをさっそく描いている。

 もちろん、実際には、彼はまだ死んでいない。その前に、さらなる裁判と、屈辱を受けなければいけないのだ。名乗り出ただけで80人ということは、一生残る心の傷を受けた女性たちは、それよりも、もっと、もっといるということ。その重みに向き合わずして死ぬという選択肢はない。67歳の彼には、これからまだ、長く、辛い人生が待ち構えているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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