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米アカデミー賞:現段階で作品賞を取りそうなのはどれか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A.はオスカーキャンペーンの広告であふれかえっている(筆者撮影)

 ノミネーション発表から3日。L.A.では、新聞も、テレビも、ネットも、「X部門でオスカー候補入り!」という、各候補作の広告であふれかえっている。だが、3週間半後の授賞式翌日、新聞に「作品賞受賞!」とうたう輝かしい広告を出すのは、候補作9作品のうち、どれなのだろうか。

 それがかなり見えてくるのが、この週末。土曜日にはプロデューサー組合(PGA)賞、日曜には映画俳優組合(SAG)賞が発表になるのだ。先に発表になっているゴールデン・グローブ賞や各都市の批評家賞と違い、これらの投票者の中にはアカデミー会員もいる。また、PGAはオスカー作品賞との一致率がとりわけ高い。

 そんな中でも、あえてそれを待たずして、今の段階での状況をちょっと見てみることにしよう。まず、作品賞候補作9作品と、ノミネーションの数は、以下のとおり。

「ジョーカー」11部門

「1917 命をかけた伝令」10部門

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」10部門

「アイリッシュマン」10部門

「ジョジョ・ラビット」6部門

「パラサイト 半地下の家族」6部門

「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」6部門

「マリッジ・ストーリー」6部門

「フォードVSフェラーリ」4部門

数もだが、何を押さえたのかも大事

 トップを行くのは「ジョーカー」の11部門だが、たったひとつ違いの10部門を手にした作品も、3つある。10個以上候補入りした作品が3本以上ある年はきわめて稀で、「ジュリア」「愛と喝采の日々」が11個(『愛と喝采〜』は主演女優部門にふたり入ったため、10部門11ノミネーション)、「スター・ウォーズ」が10個で入った1978年に遡る。

 しかし、その年の受賞作はこれらのどれでもない、5部門で候補入りした「アニー・ホール」だったので、数さえ多ければいいわけでもない。同じくらい大事なのは、どの部門に入ったのかだ(とは言え、たった5部門の候補入りで作品賞を取ったケースは、この後、2007年に『ディパーテッド』が受賞するまで一度もなかったので、数も物を言うのはたしかではある)。

 歴史的に見て、押さえておかなければならない部門は、演技部門4つのどれか、監督、編集。演技部門にまったく候補入りしなかった映画が作品賞を取った年は、過去に11回。最近では「スラムドッグ$ミリオネア」で、実に11年前だ。ほかには「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」「ブレイブハート」などがそれに当たる。今年、演技部門に候補入りしなかったのは、「1917〜」「パラサイト〜」「フォード〜」の3本。

 一方、監督部門に候補入りしなかった映画が作品賞を取ったのは、過去にたった5回。最近では昨年の「グリーンブック」で、その前は2013年の「アルゴ」。さらにその前となると、1990年の「ドライビングMissデイジー」で、かなり間が空く。今年監督部門に入らなかったのは、「ジョジョ〜」「フォード〜」「ストーリー〜」「マリッジ〜」。

 そして編集部門。ここに食い込まずして作品賞を取ったケースは、過去に10回。最近では2014年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」だが、その前は「普通の人々」と、30年以上も前だ。今回、編集部門に入らなかったのは、「1917〜」「ワンス〜」「ストーリー〜」「マリッジ〜」。

 さらに、脚本(または脚色)と演技、どちらにも入らずして作品賞を取ったのは、およそ90年も前の「グランド・ホテル」のみである。今年は、「フォードVSフェラーリ」がそれに当たる。

 その点を全部クリアしているのは「ジョーカー」と「アイリッシュマン」だ。しかし、「1917〜」が編集部門から漏れたのは、わざとワンショットに見えるような作りになっているからだと考えられるし、監督部門に漏れた「ジョジョ〜」のタイカ・ワイティティは、「ジョーカー」のトッド・フィリップスを制して、やはり非常に重要である監督組合(DGA)賞に候補入りをしている。つい昨年の「グリーンブック」がこの統計に反していることもまた、ワイティティに希望を与える。

 もうひとつ考慮すべき重要な要素は、作品賞の投票方法だ。ほかの部門と違い、投票者が候補作に順番をつける形式の作品部門では、好き嫌いが大きく分かれる映画は、不利なのである。今年の場合、「ジョーカー」がそれだ。

「バイオレンス」「アメコミ映画」への偏見を乗り越えられるか

 この3年、アカデミーは、会員構成を是正すべく、若い人、マイノリティ、外国人を積極的に増やしてきた。それでもまだ、最も多いのが白人の高齢男性であるという事実は、変わっていない。それらの中には、「ジョーカー」がアメコミのキャラクターについての話であること、バイオレントだと噂があることから、見るのに気が進まないという人が、ある程度いるようだ。筆者の周囲でも、そのような声を聞く。

 その人たちの数を上回って余るくらい、「ジョーカー」を1番に入れる人がいればまた違うのだが、この投票方式はそもそも、「これならばまあ許せるか」と最も多くの人が思える作品が取るようになっている。それがどの作品なのかを見極める材料になりえるのが、同じシステムを使うPGA賞と、放送映画批評家協会賞だ。

 すでに発表された放送映画批評家協会賞で見事受賞したのは、「ワンス〜」。だが、昨年の受賞作は「ROMA/ローマ」で、オスカーとは食い違っていた。一方でPGAは、昨年も見事に「グリーンブック」で作品賞と一致を果たしている。今年PGAの候補に挙がっているのは、「ワンス〜」「1917〜」「ジョーカー」「フォード〜」「ナイヴス・アウト/名探偵と刃の館の秘密」。このうち、どの映画がこの賞を手にし、オスカーのフロントランナーに躍り出るのか。それが判明した時、オスカー予測は新たな展開を迎える。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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