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「ボヘラプ」主役は毒舌コメディアンのはずだった。まだまだある、「その役、私のだったのに」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ボヘラプ」でフレディ・マーキュリーを演じるはずだったサシャ・バロン・コーエン(写真:Shutterstock/アフロ)

 2019年も4分の1が過ぎたというのに、「ボヘミアン・ラプソディ」関連の話題は、今も絶えない。同性愛のテーマがからむにもかかわらず、先月末、中国で公開が実現したことはハリウッド関係者を驚かせたし、再来週の日本でのDVDリリースも、劇場で見られなかったライブ・エイドの完全版が入るとして、ファンを沸かせているようだ。

「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」で業界内では知られていたラミ・マレックは、この役でオスカーを受賞し、世界的スターにもなったが、実は、彼は決してこの役の第一候補ではなかった。この映画でフレディ・マーキュリーを演じることになっていたのは、「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」など過激なコメディで知られるサシャ・バロン・コーエンだったのである。彼が組む予定だったのは、スティーブン・フリアーズ監督。しかし、歴史的にも正確で、マーキュリーのダークな部分や性的体験を恐れずに語っていた当時の脚本をブライアン・メイとロジャー・テイラーが却下したことから、ふたりは降板。その後、ベン・ウィショー(『メリー・ポピンズ リターンズ』)が候補に挙がったが、これまた崩壊し、ようやくマレックと新たな脚本家らによる脚本で実現したというわけである。

 誰かがやるはずだった役が別の役者に回ることは、ハリウッドで日常茶飯事。それについては過去の記事で書いたが(「ラ・ラ・ランド」主演女優は別のエマのはずだった。ハリウッドに数ある「その役、私のだったのに」)、今年のオスカーだけを取っても、新たな例がいくつもある。たとえば、「アリー/スター誕生」。レディ・ガガを主演女優部門に導いたアリーの役は、もともと、ビヨンセがやるはずだった。ブラッドリー・クーパーは、その頃から主演男優に決まっていたが、監督するはずだったのは、クリント・イーストウッドだ。ビヨンセを提案してきたのはワーナー・ブラザースで、イーストウッドは「彼女と会い、良い印象を得たが、多忙な彼女は、1ヶ月撮影をしたら、次の月はツアーがあるので休ませてもらい、その後また撮影再開にしてほしい、というようなことを言ってきた。そんなことをしたらお金がかかり過ぎてしまうのでダメだと言った」と語っている。その後、イーストウッドもほかのプロジェクトにより強く心を惹かれるようになり、こちらは手付かずでいたところ、クーパーが自分に監督させてくれないかと言ってきた。お相手役にレディ・ガガを思いついたのは、クーパーだ。

初めて本格的な映画の役をこなした「アリー/スター誕生」で、レディ・ガガはオスカーの主演女優部門に候補入りを果たした(Warner Brothers)
初めて本格的な映画の役をこなした「アリー/スター誕生」で、レディ・ガガはオスカーの主演女優部門に候補入りを果たした(Warner Brothers)

 また、「女王陛下のお気に入り」で助演女優部門にノミネートされたレイチェル・ワイズの役も、最初はケイト・ウインスレットに話が行っていた。だが、その頃から、スケジュール的におそらく彼女は難しいだろうとわかっていたと、ヨルゴス・ランティモス監督は述べている。その後、ケイト・ブランシェットにも声がかかったそうだが、最終的には「ロブスター」でも組んだワイズで決着した。

 作品賞に輝いた「グリーンブック」の主人公トニー・バレロンガも、最初は別の俳優にオファーされている。今は亡きジェームズ・ガンドルフィーニだ。バレロンガの実の息子で、脚本家兼プロデューサーのニック・バレロンガは、父を演じる俳優は断然イタリア系であるべきだと決めていた。父の知り合いでもあり、ガンドルフィーニはまさに理想的だったが、悲しいことに、2013年、心臓発作のため、51歳の若さでこの世を去ってしまう。ヴィゴ・モーテンセンが候補に挙がったのは、監督がピーター・ファレリーに決まってからだ。モーテンセンは、「自分はイタリア系ではない」と、この役を何度か断ったそうだが、バレロンガ一家が大満足するほどイタリア系になりきり、見事、主演男優部門にノミネートされている。

「Can You Ever Forgive Me?(日本未公開)」のメリッサ・マッカーシー。この役を演じるはずだったジュリアン・ムーアは、撮影開始直前にクビになった(Fox Searchlight)
「Can You Ever Forgive Me?(日本未公開)」のメリッサ・マッカーシー。この役を演じるはずだったジュリアン・ムーアは、撮影開始直前にクビになった(Fox Searchlight)

 3部門で候補入りを果たした「Can You Ever Forgive Me? (日本未公開)」でも、撮影開始直前に主役の交代劇があった。先に決まっていたのは、ジュリアン・ムーアだったのだ。当時はムーアが自ら降板したと思われていたのだが、先月、テレビ番組出演中に、本人が「自主的に辞めたのではなく、脚本家のニコール・ホルフセナーにクビにされた」と明かしている。原因は、キャラクターについての意見の相違だったとのことだ。次に選ばれたのは、メリッサ・マッカーシー。ご存知のとおり、彼女はこの役で主演女優部門にノミネートされている。とは言っても、ムーアはきっと、悔しがってはいないだろう。彼女もまた、逆の立場を経験しているからだ。彼女にオスカーノミネーションをもたらした「めぐりあう時間たち」のローラ役は、最初、エミリー・ワトソンだったのである。

 捨てる神あれば、拾う神あり。また、捨てられたと思ったら、別の人が別の映画で拾ってくれたりもする。それが、ハリウッドだ。その中で、たまたま賞につながる役をつかむこともあれば、逆にひどいものを拾ってしまうこともある。だが、今、目の前にあるのがどちらなのかは、誰にもわからない。映画の裏のストーリーでとても重要なキャラクターは、ほかでもない、運とタイミングなのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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