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アニメのダンボが、実写映画で空を飛ぶまで

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ティム・バートン監督は、とりわけダンボの目にこだわったという

 大きすぎる耳を持って生まれたがために、サーカス団員からも、観客からもバカにされる赤ちゃんゾウ。そのゾウを取り巻く人もまた、社会のはずれ者だ。そんな「ダンボ」のコンセプトは、ティム・バートンにとって、強烈に心に響くものだった。

「短所を長所に変えるというアイデアが、僕はとても好きなんだよね。ダンボは、世間にうまく溶け込めない、空を飛ぶゾウ。だが、サーカスそのものも、普通の仕事には就けない人の集まりだ。その中のひとり、ホルト(コリン・ファレル)は、戦争で片腕を失っている。そして帰ってきたら、妻が亡くなっていたんだよ。一方で、彼の娘は、ここを離れて違う職業に就きたいと思っている。みんなが、自分の居場所を探しているのさ。一見シンプルな話の裏に、そんな素敵なテーマがある」。

L.A.の記者会見に現れたティム・バートン監督(Alberto E. Rodriguez/ 2019 Getty Images)
L.A.の記者会見に現れたティム・バートン監督(Alberto E. Rodriguez/ 2019 Getty Images)

 L.A.で行われた記者会見で、バートンは、今作に惹かれた理由をそう語った。だが、1941年のディズニーアニメを実写化しようと決めたのは、彼ではない。近年、「マレフィセント」「美女と野獣」「ジャングルブック」など、アニメを次々実写化しているディズニーだが、その流れのひとつとして立ち上がったわけでもなかった。この構想の生みの親は、脚本家のアーレン・クルーガー。彼にとって、アニメの「ダンボ」は、特別の思い入れがある作品だったのだ。プロデューサーのひとりであるジャスティン・スプリンガーは、こう振り返る。

「僕とアーレンは前にも組んでいて、次にまた何か一緒にやろうと話していたんだよ。すると、アーレンが、『ダンボはどうか』と言ってきたんだ。あれは彼の子供時代のお気に入り映画で、彼がわが子に見せた最初のアニメでもあるらしい。僕自身も、あの映画を初めて見た時の気持ちを、鮮明に覚えている。それで僕らはアーレンが考えたストーリーをディズニーに持ち込み、『検討していただけませんか?』とお願いしたわけさ」(スプリンガー)。

 60分強のアニメを膨らませる上で、クルーガーが考えたのは、「ダンボはどう感じ、何を求めているのだろうか」ということだった。しかし、それを表現する上で、言葉は使わないと決めている。

「観客を、サーカスの黄金時代に連れて行きたかった」と脚本家のアーレン・クルーガーは語る
「観客を、サーカスの黄金時代に連れて行きたかった」と脚本家のアーレン・クルーガーは語る

「観客をサーカスの黄金時代に連れて行きたかったからだ。そのためには、リアルでないといけない。アニメ版でも、ダンボの母ジャンボがひとこと、ふたこと話すだけで、ほかの動物は話さないから、その意味でも自然だった。一瞬、ネズミのティモシーがしゃべったらかわいいよね、なんて言ったこともあったが、それをやってしまうと壊れるんだよね。観客がタイムトラベルできなくなってしまう」(クルーガー)。

 だが、ことダンボそのものに関して、バートンは、リアルになりすぎることを望んでいない。ダンボはもちろんCGで、今のテクノロジーを持ってすれば、とことん本物のゾウに近づけることは可能だったのだが、「肌、飛び方、すべてにおいて、ティムは、もっと誇張したものを求めていた。とくに目にはこだわっていたわ」と、別のプロデューサー、カッテルリ・フラウエンフェルダーは言う。飛び方に関しても、作曲家ダニー・エルフマンによると、「ティムはfly(飛ぶ)ではなく、soar(上昇する)という言葉を使った」そうだ。

「今作で一番奇妙だったのは、主人公が現場にいないということ。優秀な俳優が揃い、プロダクション・デザイナーが最高のセットを作ってくれているのに、主役はそこにいないんだよ。もちろん、自分がこの主役に何を求めているのかははっきりわかっていたし、おおまかなアニメーションも見ているんだが、完成するまで確信は持てない。役者がみんな、この主役を信じて一生懸命やってくれているだけに、それは、ものすごい不安材料だった」(バートン)。

ダンボはCG。現場では、グリーンのスーツを着た男性がダンボの役を演じた
ダンボはCG。現場では、グリーンのスーツを着た男性がダンボの役を演じた

 現場では、人間の男性が、CG用のグリーンのスーツを着てダンボ役をやっている。ゾウの動きをきちんと研究してやってきたという、エドという名のその男性に、ふたりの子役は、すっかり打ち解けたようだ。「エドが『ターザン』にも出て、猿の動きもできると言ったから、僕らは何回も彼にやってもらったよ。そのやり方を教えてもらったりもした」と、子役のフィンリー・ホビンズ。だが、ダンボの口から出る音は、彼のものではない。これもまた、バートンの長い試行錯誤の末、決まったものだ。

「動物を見ていると、言葉を使わずにお互いにコネクトしているのがわかる。人間同士とは違う形でコミュニケーションをするんだ。ダンボにも、そんな手段を与えたかった。そこまでには、いろんな音の候補があったよ。もっと高いのも、低いのも。今から2週間ほど前になって、ようやく今の形に落ち着いたんだ。そこまで時間をかけたのは、観客に、ダンボがそこにいると感じてほしかったから。観客に、彼の視点から、一緒にこの物語を体験してもらうのが、僕の望みなんだよ」(バートン)。

 上昇するダンボを見て観客が思わず椅子から腰を浮かす時、バートンの心もまた、喜びに空を舞っている。

「ダンボ」は3月29日(金)、全国ロードショー。

場面写真:2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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