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裏口入学で逮捕。エミー賞女優を待ち受けるキャリアの終焉

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
フェリシティ・ハフマンとウィリアム・H・メイシー夫妻は演技派として尊敬されてきた(写真:ロイター/アフロ)

 絶望した妻と、恥を知らない男。

「デスパレートな妻たち」のフェリシティ・ハフマンと、「シェイムレス 俺たちに恥はない」のウィリアム・H・メイシーは、それぞれが出演するテレビドラマのタイトルとは裏腹に、普通の感覚を忘れない、地に足のついた演技派夫婦として知られてきた。そんな彼らが、今、まさに番組名にぴったりの状況に直面している。アメリカ時間12日に暴露された大がかりな裏口入学事件に、ハフマンが関与していたのだ。

 ハフマンはこの日、手錠をかけられ、FBIによって刑務所まで連行された。容疑は、長女を希望する大学に入れてあげると約束した男に1万5,000ドル(約167万円)を払ったこと。ウィリアム・シンガーという名のこの男は、有名大学の関係者に数々のコネをもち、彼らにも賄賂を支払うことで、これまでに800人以上の金持ちの子供たちをエリート大学に裏口入学させてきたとされる。彼が使った手段は、主に、大学のスポーツチームのコーチとグルになってその生徒がやったこともないスポーツの優待生枠を確保する、入試にたずさわる人とグルになってテストの点数を改ざんするなどだった。ハフマンは、娘のためにテスト点数を改ざんしてもらうよう依頼した疑い。メイシーもシンガーとのミーティングに参加したことがあるらしいが、彼は逮捕されなかった。

 ハフマンは25万ドル(約2,776万円)の保釈金を払って釈放されたが、今月29日、再び出廷が予定されている。パスポートも取り上げられ、目撃証人とされる夫メイシーと事件について語ることも禁止されているそうだ。有罪判決が下りた場合、最大5年間の懲役を言い渡される可能性がある。

 シンガーによる裏口入学を利用したとして今回起訴された人々は、全部でおよそ50人。中には「フラーハウス」「新ビバリーヒルズ青春白書」の女優ロリ・ロックリンも含まれる。ロックリンとファッションデザイナーの夫J. モッシモ・ジャンヌリは、シンガーに50万ドル(約5,552万円)を払い、ローイング(ボート競技)をしない娘ふたりをその優待枠で南カリフォルニア大学に入学させた。下の娘オリヴィア・ジェイドはインフルエンサーで、入学したばかりの頃、「大学に入ったらスポーツの試合を見に行ったり、遊んだりしたい。学業はあまり興味がない」と語る動画を投稿している。それもまた、人々の怒りの火に、油を注いでいる状況だ。

絶対に忘れてもらえない、重大な罪

 言うまでもなく、ハリウッドセレブの逮捕自体は、よくあることである。麻薬所持なり、ナイトクラブでの喧嘩なり、DVなり、過去に遡れば、枚挙にいとまがない。

 そんな中では、まれに、見事なカムバックストーリーが生まれたりもする。たとえば、ロバート・ダウニー・Jr.はドラッグがらみで服役したが、すっかり更生し、今やトップスターとなった。ヒュー・グラントが売春婦を買って逮捕された事件も、もはや覚えている人のほうが少ないほどで、彼はその後も長く俳優として活躍を続けてきている。

 だが、この裏口入学関与は、絶対に、誰も忘れてくれない。それどころか、「#MeToo」同様、キャリアの死刑宣告を意味する。

 中国をはじめとする海外からも入学希望者が激増し、地元の学生より高い学費を取れることからどんどん受け入れられている近年、アメリカの普通の高校生にとって、希望の大学に入ることは、ますます難しくなってきた。それでも、子供たちは、一生懸命勉強してテストで高い点数を出し、あるいはスポーツで卓越した才能を見せて、限られた枠に入り込もうとしている。それが、将来への大事な第一歩だからだ。その大学に入れるかどうかは、その後の人生を左右するのである。

 セレブリティは、お金に物を言わせて、楽々とわが子のためにその枠を買った。そのせいで、本来入れるはずの、努力した子、もっと頭の良い子が、夢破れて泣いた。やったセレブはおそらく、そこまで考えていなかったのだろう。かわいいわが子に良い学歴を与えてあげたいだけ、ほかの誰も傷つけるわけではない、と思ったのかもしれない。そもそも、セレブは、程度の差こそあれ、欲しいものはなんでももらえることに慣れている人たちである。仕事で移動の時は飛行機のファーストクラスもスタジオが経費で出してくれ、予約の取れないレストランにも連れて行ってもらえる。特別扱いされる人生をずっと歩んでくると、錯覚に陥ってしまうこともあるのかもしれない。それでも、そこに境界線があることを忘れるべきではなかった。わが子の犠牲になる若者の将来も、わが子のそれと同じだけの重みがあることを、知っているべきだった。

 エミー賞を受賞、オスカーにもノミネートされたことがあるハフマンは、55歳。来月には、Netflixでリリースされる映画「Otherhood」が控えている。ほかに、プロデューサーも兼任するインディーズ映画「Tammy’s Always Dying」も、撮影が終了しているようだ。これらの作品が事件からどのような影響を受けるかは不明だが、これらのために彼女がレッドカーペットに立つことは、もはやない。いや、それどころか、この件に関するニュース以外で彼女を見ることは、これからもずっとないかもしれない。コツコツと長くキャリアを築いてきた挙句がこうとは、なんともやるせない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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