アカデミー賞:スパイク・リーを怒らせた29年前のデジャヴ

脚色部門でキャリア初のオスカーを取ったスパイク・リー(写真:Shutterstock/アフロ)

 何ヶ月にも及ぶこのアワードシーズン、スパイク・リーは、あるひとつのことにイラつきを覚えていた。それは決して秘密というわけではなかったため、インタビューでも、質問者はあえて具体名を出さず、「ある映画」などと言及してはそのことについて聞いてきている。そんな時、リーは、「ライバル作品のことについては口にするなと妻から忠告されているんだよね」と、本当は何か言いたそうにしつつ、言うのをがまんしていた。

 しかし、昨夜のオスカー授賞式でその名が呼ばれたとたん、彼の怒りは爆発。テレビには映らなかったものの、見た人によると、作品部門が発表された瞬間、リーは、「嘘だろう?」とでも言うように両手を挙げ、会場を出て行こうとした。リーの「ブラック・クランズマン」のプロデューサーのひとりで、リーを敬愛するジョーダン・ピールも、拍手をしていない。

 もうおわかりのとおり、その作品は「グリーンブック」だ。白人の運転手と黒人の雇い主が友情を築いていく様子を描く今作は、早くから「ドライビングMissデイジー」を思わせると言われてきたのである。「ドライビング~」は、1990年、作品部門を含む4部門でオスカーを受賞。映画史上、大きな意義をもたらしたリーの「ドゥ・ザ・ライト・シング」は、明らかにもっと評価が高かったにも関わらず、作品部門への候補入りを逃した。脚本、助演男優部門にはノミネートされたが、いずれも受賞に至っていない。舞台劇の映画化である「ドライビング~」は脚色部門で、直接のライバルではなかったものの、こちらでも受賞している。

「グリーンブック」は作品、脚本、助演男優の3部門でオスカーを受賞した(2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC)
「グリーンブック」は作品、脚本、助演男優の3部門でオスカーを受賞した(2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC)

 そして今年のオスカーで、リーは、黒人と白人の役割を入れ替えた「ドライビング~」、いや、「グリーンブック」と、対決することになったのだ。今回は、両方とも作品部門に候補入り。「グリーンブック」は脚本、「ブラック・クランズマン」は脚色と、脚本に関しては29年前と逆の部門でのノミネートで、こちらはそれぞれに受賞した。その受賞スピーチで政治的メッセージを語る中、リーは、「Do the right thing(正しいことをしよう)」と、あの思い出のタイトルを出すことをしている。だが、その後に発表された作品部門の結果に関して言うと、彼の思う“正しい”ことは、起きなかった。

 バックステージでこのことを聞かれたリーは、「誰かが別の人を車に乗せて通り過ぎて行くたびに、僕は負けるんだ。今回は座席(運転席と助手席)が入れ違っていたけど。でも前回、僕らの映画は作品部門に候補入りしなかった。今回は入った」と答えている。手に持ったシャンパングラスを指して、「これはもう6杯目なんだよ。どうしてか、わかるよね?」と不満を匂わせてもいるリーは、「グリーンブック」の名前が呼ばれた時に会場を出て行こうとまでしたことについてさらに突っ込まれると、「もうひと口飲ませて」とシャンパンをすすってから、スポーツの試合にたとえて、「僕はコートサイドに行ったんだよ。レフリーが間違った判断をしたから」と述べている。

オスカー候補入り自体も29年ぶり

 意外なことに、33年の長いキャリアを誇るリーは、今回脚色賞を受賞するまで、オスカーを一度も受賞したことがない。2016年に功労賞を受賞したが、ちょうど「#OscarsSoWhite」が盛り上がりを見せた年で、リーは授賞式をボイコットしている。作品を引っさげてオスカーの会場に入るのは、「ドゥ・ザ・ライト・シング」以来のこと。そして、カンヌ映画祭でグランプリを受賞するところから始まった「ブラック・クランズマン」は、ついに“その時”をもたらす作品かと思われた。

70年代にコロラド州で初の黒人刑事として雇われたロン・ストールワースの体験にもとづく「ブラック・クランズマン」は、6部門で候補入りし、脚色部門で受賞(Focus Features)
70年代にコロラド州で初の黒人刑事として雇われたロン・ストールワースの体験にもとづく「ブラック・クランズマン」は、6部門で候補入りし、脚色部門で受賞(Focus Features)

 このチャンスは絶対つかんでやるとでも言うべく、リーは、このアワードシーズン、ラジオやテレビ、また投票者向けの試写の後に行われるQ&Aなどに出演し、精力的なキャンペーンを行っている。その結果、映画は、ありとあらゆる賞に候補入りした。にも関わらず、いつも、最後に、ほかの誰かに取られてしまっている。彼に監督賞をあげるべきだという声は強かったが、この部門への希望は、監督組合賞(DGA)をアルフォンソ・キュアロンが取った時に遠のいた。脚本家組合賞(WGA)まで「ある女流作家の罪と罰」に行ってしまった時には、この一番手堅い部門もだめなのかと、切羽詰まったに違いない。

 幸い、彼は、少なくとも手ぶらで帰らずには済んだ。「ドゥ・ザ・ライト・シング」のゼロから、今回は1。それだけでも、進歩である。もちろん、そこまでに29年もかかるべき人ではないし、そう考えるとフェアではない。だが、何度ボールをゴールに入れたか、あるいは誰が一番早くフィニッシュラインに着いたのかを競うスポーツと違い、映画の賞とは、そもそもフェアではないものだ。61歳のリーは、まだまだ制作意欲に燃えている。となれば、これからも、まだ次が、そしてその次が、あるはずだ。その時に、また誰かが誰かを車に乗せて回る映画が出てこないことを願うばかりである。