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ラミ・マレック以外にも。伝説の歌手になりきったハリウッドの役者たち

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ボヘミアン・ラプソディ」で フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック(写真:Shutterstock/アフロ)

 実在の人物を演じるのには、大きな責任とプレッシャーが伴うもの。誰もが知る有名人ならなおさらだ。

 だが、「ボヘミアン・ラプソディ」で、ラミ・マレックは見事、クイーンのリードシンガー、フレディ・マーキュリーになりきってみせた。アメリカで、映画自体への評価は分かれているのだが、作品に厳しいことを言う批評家も、マレックについてはおおむね好意的である。そもそも、マレックは、これまでテレビドラマ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」で演じるオタク的なキャラクターのイメージが強かった。そんな彼がロックミュージシャンとして舞台の上で存在感を放ってみせるというギャップも良かったのかもしれない。オスカー候補入りは厳しそうではあるものの、今作で知名度が一気に増し、彼のキャリアに大きな弾みがつくことは間違いないだろう。

「ボヘミアン・ラプソディ」は、現在、世界中で大ヒット上映中(写真/20th Century Fox)
「ボヘミアン・ラプソディ」は、現在、世界中で大ヒット上映中(写真/20th Century Fox)

 実在の歌手役でキャリアのステップアップを達成した役者には、ほかに、マリオン・コティヤールがいる。「エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜」で、コティヤールはルックスも大変身し、20歳から晩年までのピアフを熱演した。フランス映画とあって、アメリカの観客にはそれほど知られておらず、不利かと思われていたのだが、この年、コティヤールは、ケイト・ブランシェット、ジュリー・クリスティ、ローラ・リニー、エレン・ペイジを打ち負かして、オスカー主演女優賞を獲得。その直後から、彼女は、ジョニー・デップと共演する「パブリック・エネミーズ」や、クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」など、話題作に出演するハリウッドの売れっ子になった。

 彼女の前には、ジェイミー・フォックスが「Ray/レイ」でレイ・チャールズを演じてオスカー主演男優賞を、またリース・ウィザスプーンが「ウォーク・ザ・ライン/君に続く道」でジューン・カーターを演じて主演女優賞を受賞している。マレックやコティヤールと違い、このふたりは実際に映画の中で歌った。すでに有名スターではあったが、主にコメディで知られてきたこのふたりは、これらの役を演じたことで、シリアスな演技力と音楽の才能も証明することになっている。2016年のオスカー授賞式では、ホストを務めるクリス・ロックが、「『Ray/レイ』のジェイミー・フォックスの演技がすごすぎて、病院はレイ・チャールズのチューブを抜いたんだよ。ふたりはいらない、って」とジョークを言って笑いをとっていた。そしてもちろん、アンジェラ・バセットがティナ・ターナーを演じた「TINA ティナ」がある。バセットはこの役でキャリア初のオスカーノミネーションを果たした。

トム・ヒドルストンがカントリー歌手ハンク・ウィリアムズを演じた「アイ・ソー・ザ・ライト」(写真/Sony Pictures Classics)
トム・ヒドルストンがカントリー歌手ハンク・ウィリアムズを演じた「アイ・ソー・ザ・ライト」(写真/Sony Pictures Classics)

 そこまでの注目を集めなかった作品にも、見逃したくないパフォーマンスはある。たとえば「アイ・ソー・ザ・ライト」では、英国俳優トム・ヒドルストンが、カントリー歌手ハンク・ウィリアムズになりきってみせた。また「ランナウェイズ」ではダコタ・ファニングが70年代のガールズバンド、ザ・ランナウェイズのシェリー・カーリーを演じている。このふたりも、実際に映画の中で歌った。当時、ファニングは、「自分に歌が務まるかどうか、不安だった」と告白しつつも、「私はロックスターになったことはないけれど、なってみたいなと思ったことはあった。それに近い体験ができて、最高だったわ」と語っている。

これから見られる、歌手なりきり演技

 現在も、歌手をテーマにした映画の企画がいくつか進行中だ。最も期待されるのは、エルトン・ジョンの伝記映画「Rocketman」。主演は「キングスマン」のタロン・エガートン、監督は、ブライアン・シンガーがクビになったのを受けて「ボヘミアン・ラプソディ」を引き継いだデクスター・フレッチャーだ。エガートンは実際に映画の中で歌うということである。彼はアニメ「SING/シング」でもエルトン・ジョンの歌を見事に歌ってみせたし、まさに適役ではないだろうか。ほかに、今年亡くなったアレサ・フランクリンの伝記映画の話もある。こちらはジェニファー・ハドソンが主演する見込みだ。ハドソンは歌手から始まっているので、歌うこと自体は驚きではないが、フランクリン本人から指名を受けたとあり、どんなパフォーマンスをしてくれるのか、気になるところだ。

 一方で、エイミー・アダムス主演で始動が期待されていたジャニス・ジョプリンの映画は、アダムスの降板で、またもや宙に浮いてしまった。ジョプリンの伝記映画の企画は、この15年ほどの間に複数あり、ミシェル・ウィリアムズ、レネ・ゼルウェガー、コートニー・ラブなどが出演に同意してきたが、実現に至らないままだ。いつか、誰かでこの映画が完成するのか気になるところだが、いずれにしてもかなり先だろう。

ヴェネツィア、トロント映画祭で上映された「アリー/スター誕生」で、ブラッドリー・クーパーはアルコール依存症の人気ミュージシャンを演じる(写真/Warner Brothers)
ヴェネツィア、トロント映画祭で上映された「アリー/スター誕生」で、ブラッドリー・クーパーはアルコール依存症の人気ミュージシャンを演じる(写真/Warner Brothers)

 それより前に、フィクション物で、いくつかすごいパフォーマンスがある。ひとつは「アリー/スター誕生」のブラッドリー・クーパー。お相手のレディ・ガガがすばらしいのは言うまでもないが、彼女はもともとが歌手。だが、俳優のクーパーが、歌もギターも自らこなし、実際に観衆を前に舞台の上で演奏したというのは、なかなかのこと。しかも、監督まで兼任しているのだ。今作で彼は監督部門、主演男優部門両方でオスカー候補入りするのではとささやかれている。

コンテスト番組を舞台にした「Teen Spirit」で、エル・ファニングは、数々のヒット曲を歌って踊る(写真/ParisaTaghizadeh)
コンテスト番組を舞台にした「Teen Spirit」で、エル・ファニングは、数々のヒット曲を歌って踊る(写真/ParisaTaghizadeh)

 また、9月のトロント映画祭でプレミアした「Teen Spirit」では、エル・ファニングがポップソングを歌って踊る。歌のコンテスト番組を舞台にしたストーリーで、ファニング演じる主人公が歌うのは、すでにあるヒット曲だ。「みんなに愛されている歌だけに、自分が台無しにすることはしたくなかった」と、彼女は、この役に挑んだ時の緊張ぶりを語っている。姉妹揃ってうまいのは、演技だけでなく歌もだったようだ。やはりトロントで上映された「Vox Lux」では、ナタリー・ポートマンが、カムバックを狙うポップスターを演じている。

“タレント”とは、そもそも、才能という意味。すでにそれがあることを証明済みなのに、この人たちは、これらの映画で、「まだまだあるぞ」と別の才能を見せつけるわけだ。天から二物も三物も与えられた人というのが、実際こんなにいるのである。一般人にしたら、まさに羨ましいかぎり。我々はせいぜい、その人たちの優れたパフォーマンスを、楽しく、ゆっくりと観賞させてもらうことにしよう。

「アリー/スター誕生」は12月21日、「Rocketman」「Teen Sprit」「Vox Lux」は2019年、日本公開予定。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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