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ディズニー、ワーナーの参入で乱立するストリーミング。競争は消費者にとってプラスなのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
Netflixオリジナル映画「Outlaw King」の看板広告(筆者撮影)

 Netflixの目立ち方が、ますますすごい。エミー賞のシーズンは終わったのに、あいかわらずL.A.の街はNetflixの広告看板だらけ。新聞にも頻繁に大きな広告が出ているし、宣伝メールも毎日入る。

 それは、気のせいだけではない。MediaRadar社の調べによると、この夏、ストリーミングサービスが使った広告費は、前年比46%アップの5,500万ドル(約62億円)で、そのうち半分以上の3,100万ドルが、Netflixだったというのだ。それだけのお金を使って、Netflixは、100本以上の違ったオリジナル番組を宣伝したのである。

 この勢いは、今後、さらに強まりそうだ。ライバルのAmazon Prime Videoも、負けじと看板やバナー広告を出している上、先週のワールドシリーズ中継でも積極的にスポットを打っていた。ワールドシリーズと言えば、主力のスポンサーのひとつは、YouTube TV。YouTube Redで有料サービスに参入したYouTubeの、新たなストリーミングサービスだ。最近は、Facebook Watchのスポットも見かける。他社に追従して、今さらながら、Facebookもオリジナルコンテンツ制作に参入したのである。

Amazonも負けじとオリジナル番組の広告を街中に打っている(筆者撮影)
Amazonも負けじとオリジナル番組の広告を街中に打っている(筆者撮影)

 このほかにも、すでにHuluや、プレミアムケーブルからストリーミングにも以降したHBO Now、Showtimeなどがあり、もはや世の中はテレビドラマで溢れかえっている状態。どんな番組があるのかを知ってもらうだけでも大変で、だからNetflixはお金を使って自分たちの番組の名を叫び続けるのである。

 ならば、作るペースを抑えればいいではないかと思うかもしれないが、逆。Netflixは、今年だけでもオリジナル番組制作に130億ドルを費やそうとしている。今年の末までに、Netflixは、自社制作番組の合計数を1,000本にもっていくのが彼らの目標だ。L.A.はすでに撮影スタジオが満杯なので、そこでつまずかないよう、Netflixは、ハリウッドに現在建築中の建物に、オフィスとスタジオのスペースをがっつり確保してもいる。

 なぜ彼らはそんなに焦っているのか?そこには、ディズニーの動きも関係している。

生き残りのため、ここでしか見られないコンテンツを充実させる

 昨年末に、ディズニーがフォックスを買おうとしていることがわかった時から、その大きな目的がストリーミングにあることは明白だった。自分たちのストリーミングサービスを始めるつもりであるディズニーは、フォックス買収に先立ち、Netflixを通して配信していた自社作品を、すでに引き上げ始めている。買収でフォックスが持っていたシェアも入り、ディズニーはHuluの60%をコントロールするようになったのだが、これとは別に、来年末を目処に、もうひとつストリーミングサービスを立ち上げるのだ。

 そして最近は、ワーナー・メディアが自社のストリーミングサービスを始めると発表した。こちらもやはり、来年末が目標。ワーナーは、多数の映画やテレビ番組を所有しており、傘下にはHBOも含まれる。

 そうやって映画やテレビドラマを引き上げられると、Netflixのコンテンツは大きく減ってしまう。そうなった時にも会員を減らさないためには、ここでしか見られない、優れたオリジナル作品をたっぷりと揃えておかなければいけない。だからNetflixは、優れた映画監督が作りたがっている作品に積極的に出資し、メジャースタジオではなく自分のところで作品を作らせようとしているのである。オスカーやエミーのキャンペーンにたっぷりお金をかけるのも、話題の秀作を見たいなら会員になっていなければいけない状況にしたいからだ。

視聴者の負担はどこまで上がるのか

 そもそもNetflixの始まりは、DVDレンタルだった。DVDをネットで注文すると郵便で送られてきて、返すのが遅くなってもペナルティがないという便利なシステムは、ブロックバスター・ビデオなど、街のレンタルビデオ屋をことごとく潰すことになっている。

 テクノロジーが進み、ストリーミングにシフトすると、人は、テレビドラマの「binge watching」(何話も立て続けにまとめて見ること)をするようになった。Netflixならば、ひとつ前のシーズンが最初から最後までCMなしで揃っているからだ。おかげで、放映開始当初は視聴率がかんばしくなかった「ブレイキング・バッド」などは、シーズンの合間にファンが急増し、本来のチャンネルAMCが新シーズンを始める時に、驚くほど視聴率が上がったりしている。

 そんなふうに、Netflixの恩恵を受けた作品は少なくないのだが、一方で、スタジオは、得られるライセンス料を美味しくないと感じるようにもなっていった。時代が確実にストリーミングに移っているのなら、自社でやるべきだし、そのほうが儲かる。

 そう考える会社は、ディズニーとワーナーのほかにも、おそらく増えて行くと思われる。そうなると、今のように、NetflixとAmazon Primeがあればたいていの映画は見られるという状況ではなく、DCコミックのスーパーヒーロー映画ならワーナーの、ピクサーアニメならディズニーのストリーミングを利用しなければならない。となれば、視聴者の懐にはどんな影響が出てくるのか。

 ディズニーも、ワーナーも、自社のストリーミングサービスの値段をまだ公表してはいない。だが、現状を見てみると、Netflixはスタンダードプランが月11ドル。Amazon Primeは年に120ドルなので、1ヶ月にならすと12ドル(オリジナル作品以外だと、さらに1本あたり3ドルから6ドル程度のレンタル料金がかかったりする)。HuluはCMなしのプランなら月12ドル、HBO Nowは月15ドル。これら全部に入っていたら、すでに50ドルだ。これにディズニーとワーナーを加えるとしたら、せっかく最近流行の「cord cutting」(ストリーミングが充実したのを受け、ケーブルを解約すること)をした人も、あまり意味がなかったことになる。

 本来、競争は消費者にとってプラスであるものだ。しかし、この新しいビジネスが同じ結果をもたらすのかどうかは、今のところわからない。ひとつ言えるのは、安かろう悪かろうならぬ、高かろう良かろうの時代になったということだろう。20年ほど前にHBOのおかげで始まったテレビのルネサンスは、テレビを映画なみのクオリティに引き上げた。それをタダで見ようと思うこと自体が、甘いのかもしれない。テレビの定義が変わり続け、テレビと映画の境目も薄くなる中、人間とテレビの関係自体も、新しい局面を迎えているのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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