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ワインスタイン暴露から1年。爆走を続ける「#MeToo」の今

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ワインスタインの被害者として名乗り出た最初のひとりであるアーシア・アルジェント(写真:Shutterstock/アフロ)

 今から1年前、こんな世の中を誰が予想していただろうか。

「New York Times」と「New Yorker」が、ハーベイ・ワインスタインの長年にわたるセクハラやレイプを暴露したのは、昨年10月頭のこと。それ自体がもちろん衝撃だったのだが、影響は、たちまちほかの俳優や監督、スタジオのトップなどに次々に及んで、ハリウッドの状況は完全に変わることになったのである。

 それは今も終わっていない。それどころか、ハリウッドを超えて、政界、レストラン業界、大学などにも広がっていき、毎日のように、その関係のニュースが報道され続けている。今週は、トランプが最高裁の裁判長に任命しようとしているブレット・カバノーに、高校時代、レイプ未遂の被害を受けたとする女性が、証言する予定だ。彼の被害者はほかにも名乗り出ている。また、ワインスタインの暴露より前に過去のレイプで起訴されていたビル・コスビーは、現地時間本日25日、「#MeToo」で世の空気が変わったタイミングで判決を受けることになり、3年から10年の懲役を言い渡された。さらに、最近では、メジャーネットワークCBSのトップであるレス・ムーンヴスが、過去のセクハラが暴露されたせいで失職している。退職金は支払われないだろうとのことだ。

 ムーンヴスの暴露記事を書いたのは、ワインスタインに関する記事でピューリッツァー賞を受賞したローナン・ファロー。先日のエミー授賞式でも、司会者のコリン・ジョストとマイケル・チェが、「今、業界の男たちが一番恐れているのは、『○○さん、回線1番にローナン・ファローからお電話が入っています』と言われることですよね」とネタにしていたが、そのジョークを笑えなかった人も少なくなかっただろう。ファローはもともとNBCの番組のためにワインスタインのセクハラ行動を取材していたのに、それを潰されて「New Yorker」に持って行ったことから、現在、NBCのトップも問題の対象となっている。ファローが現在執筆している著書の中では「もっといろんなことが出てくる」そうで、これからもあちこちで首が飛ぶことになりそうだ。

セクハラ男が関わった映画の運命はいかに

 ミア・ファローとウディ・アレンの実子であるファローは、養子の姉ディランに性的虐待を加えた疑惑がある父のことを、以前から強く批判してきている。この件に関しては、90年代に裁判が行われ、アレンとしては終わったことになっていたのだろうが、「#MeToo」運動が盛り上がる中、ディランが再び発言をし、無視を続けてはいられなくなってきた。

「#MeToo」勃発の前に撮影を終えていた次回作「A Rainy Day in New York」を配給するアマゾン・スタジオズは、今も公開日を決めないまま。アマゾン・スタジオズ内でもセクハラ加害者が複数出たのだから、世間の厳しい目を軽く受け流すわけにはいかない。今作に出演するティモシー・シャラメとレベッカ・ホールも、この映画のギャラを寄付すると発表し、アレンやこの作品と距離を取っている。この調子では、もし公開が決まることがあっても、役者たちはプレミアにも宣伝活動にもいっさい協力しないだろう。

 また、コメディアンのルイス・C.K.が監督、出演する「I Love You, Daddy」も、彼のセクハラ暴露を受けて、北米配給会社が公開を取りやめた。C.K.は配給権を買い戻したが、出演するクロエ・グレース・モレッツは、あの作品は消えたままであってほしいと語っている。一方で、ケビン・スペイシーが出演する「ビリオネア・ボーイズ・クラブ」は、しばらく保留になった末、8月に北米公開に至った。公開するとの結論に至った理由について、配給会社ヴァーティカル・エンタテインメントは、「これは、私たちが撮影中には知らなかった、ひとりのキャストの問題です。彼の役は小さく、そのことによって映画の公開が妨げられなくてもいいと判断しました」と述べている。公開館数が少なかった上、VODも同時だったこともあるが、アメリカでの初公開週末の売り上げは618ドル(約6万9,800円)と、驚愕的に低かった。

 もうひとつ被害に遭ったのが、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「The Current War」だ。今作の北米公開権を持っていたザ・ワインスタイン・カンパニーが経営破綻し、そのままになってしまっている。別の配給会社に鞍替えした作品もあるのだが、今作の未来は、まだ見えていない。

女性だって加害者になり得る

 被害者が別のところでは加害者でもあったという事実が浮上し、「#MeToo」の支持者たちを困惑させたのも、最近の思わぬ展開だった。ワインスタインにレイプされたと名乗り出た最初の女性のひとりであるアーシア・アルジェントが、2013年、L.A.のホテルで、当時17歳だった俳優ジミー・ベネットと性的関係を持っていたことがわかったのだ。

 アルジェントとベネットは、映画で母子を演じた関係。カリフォルニア州において性関係に合意ができる年齢は18歳で、これは犯罪となる。この事実が浮上すると、彼女は強く否定。だが、その後、証拠のテキストメッセージや写真が出てきてしまう。また、ベネットが彼女を訴えようとした時、アルジェントが口止め料として38万ドル(約4,300万円)を支払っていたことも明らかになった。その口止め料を払ったのが、今年、自殺で命を落としたアルジェントの元恋人アンソニー・ボーディンだったことも、さらなる衝撃を与えている。ボーディンはアルジェントを支持し、セクハラ男たちを強く批判していたのだ。

 この後、アルジェントはイタリアのリアリティ番組を降板させられている。ボーディンの人気番組「Parts Unknown」をまだ放映しているCNNも、アルジェントが出る回は放映しないと決めた。やはり「#MeToo」のリーダー格であるローズ・マッゴーワンは、公にアルジェントを強く非難。最大の敵であるワインスタインの弁護士からも、「偽善者」と呼ばれてしまっている。

 だが、ほかの「#MeToo」支持者たちは、この状況にどう対応していいのか、いまだに判断がつきかねている状況だ。筆者も正直、まだ、これをどう受け止めていいのかわからないでいる。

 この出来事からあらためて認識させられたのは、セクハラの加害者は男とは限らないということ。そして、セクハラやレイプにはいろいろあり、そのどれもが悪いということだろう。21世紀の世の中では、若い男の子が年上の女性に手ほどきを受けることが、単にラッキーだということにはならないのである。

 筆者は2017年を反セクハラ元年と書いた。その1年はまさに終わろうとしているが、まだまだ知ること、考えること、認識すべきことは山ほどある。この1年は、それがわかった年だったということかもしれない。これから、まだ何が出てくるのだろう。そして、次の1年が終わる時、ハリウッドは、また世の中は、どうなっているだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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