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「インクレディブル・ファミリー」の背後で活躍したふたりの日本人

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
北米で記録を破った「インクレディブル・ファミリー」(2018 Pixar)

 ピクサーの最新作「インクレディブル・ファミリー」が、ついに先週、日本でも公開された。6月に公開されたアメリカでは出だしから大好調で、あっという間にアニメ映画史上最高の興行記録を打ち立ててしまっている。14年前に公開された1作目「Mr. インクレディブル」は、4部門でオスカーに候補入りし、2部門で受賞(長編アニメ部門、音響編集部門)したが、批評家、観客、両方から高い評価を受けているこの続編も、次のアワードシーズンで大健闘が期待できそうだ。

 ハリウッドのCGアニメ映画では、照明、衣装、セットデザインなど実写映画でも聞かれるような部署や、アニメーション、キャラクター・デベロップメントなどアニメならではの部署、シミュレーション、シェイディング、レンダリングなどCG映画ならではの部署がある。そういった専門の人々がそれぞれいるために、スタッフの数は相当なものとなり、映画の最後のクレジットに、とても読みきれないほどの名前がぎっしりと連なることになるのだ。才能豊かな人がいろいろなところから集まってくるピクサーの映画では、それらの名前も、国際色豊か。「インクレディブル・ファミリー」のエンドロールにも、ふたりの日本人の名前が含まれている。原島朋幸氏と、成田裕明氏だ。

アニメーターの原島朋幸氏はサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学を卒業。ドリームワークス・アニメーションを経て、2015年よりピクサー勤務(撮影/Kaori Suzuki)
アニメーターの原島朋幸氏はサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学を卒業。ドリームワークス・アニメーションを経て、2015年よりピクサー勤務(撮影/Kaori Suzuki)

 原島氏は、ドリームワークス・アニメーションに8年半勤務。同社の北カリフォルニアのスタジオが閉鎖されたのを機に、2015年、ピクサーに入社した。成田氏は、昨年、ウォルト・ディズニー・アニメーションからピクサーに異動してきている。

 ふたりとも、子供の頃から映画、アニメ、アートに強い興味をもっていたというが、日本でアニメの仕事はしていない。この道に進む上で最も強い影響を受けたのがスティーブン・スピルバーグの「ジュラシック・パーク」だったというのも、共通している。

「理系出身で、美大を出たわけでもなく、映画の仕事をしてみたいという気持ちはあったんですが、どうすればいいのかと思っていました。そこへ、『ジュラシック・パーク』が公開されて、コンピュータのほうから映画作りに関われるかもしれないと思ったんです。それでCGを始め、短編映画をやり始めると、自分が作ったキャラクターが動くのが楽しくて。そうやってアニメーターになろうと決めたんです」(原島氏)。

「父が映画好きで、毎週とは言いませんが、しょっちゅう一緒に映画に通っていました。『ジュラシック・パーク』を見て、CGの時代がやって来ると感じ、CGというものを意識するようになったと思います。あの映画でハリウッド映画に強いあこがれを持つことにもなり、高校時代、1年間、アメリカに留学しました。日本では医療ソフトウェアの会社で、医療映像という形でCGを少し手がけています」(成田氏)。

テクニカル・ディレクターの成田裕明氏は兵庫県伊丹市出身。神戸商科大、アカデミー・オブ・アート大を卒業、ウォルト・ディズニー・アニメーションからピクサーへ(撮影/Kaori Suzuki)
テクニカル・ディレクターの成田裕明氏は兵庫県伊丹市出身。神戸商科大、アカデミー・オブ・アート大を卒業、ウォルト・ディズニー・アニメーションからピクサーへ(撮影/Kaori Suzuki)

 アニメーターの原島氏は、今作で、インクレディブル一家を含む主要なキャラクターの多くを担当した。救いの手を差し伸べるウィンストンが用意してくれた素敵な家に、一家が初めて訪れるシーンは、彼が手がけたシーンのひとつ。また、「フロゾンがスケートする様子は、1作目を見た時からぜひやりたくて」(原島氏)、そのシーンにも関わっている。

 一方、テクニカル・ディレクターの成田氏は、煙、水しぶきなどの特殊効果を担当した。「たとえば、映画のはじめのほうで、ダッシュとヴァイオレットが赤ちゃんのジャックジャックを受け渡すシーンで、ヴァイオレットが透明になるスーパーパワーを使いますが、そこもやっています」(成田氏)。

 ブラッド・バード監督や、ほかの関係者も口を揃えるように、テクノロジーの進化により、CGアニメで、もはや不可能とされることはなくなった。1作目は、人間の描写、髪の毛、水など、当時CGが苦手とすることの多くに挑戦したことが画期的だったのだが、今作ではそこまでの大ニュースはない。だからと言って、決して作業が楽になるわけではないのは、皮肉な現実だ。

「極端な言い方をすれば、今は、なんでも表現できるようになりました。ですが、その分、技術的に応用しないといけないことも増え、仕事量も、理解しないといけないことも、増えたんです。14年前のテクノロジーは、もはや使われていないので、当時のデータを使いまわすことはできません。一から作り直しです。そんな中で、前の映画と違和感がないようにし、かつ、前よりさらに見映え良くできるようにしています」(成田氏)。

1作目の公開から14年が経っているが、ストーリーは1作目の直後から始まる。その間、テクノロジーは進化し、よりきれいな絵を作れるようになったものの、キャラクターが違って見えてはいけない(2018 Pixar)
1作目の公開から14年が経っているが、ストーリーは1作目の直後から始まる。その間、テクノロジーは進化し、よりきれいな絵を作れるようになったものの、キャラクターが違って見えてはいけない(2018 Pixar)

 最後の最後まで、より良いものになるよう努力をやめないピクサーの社風が、さらに追い打ちをかける。どんな映画に関わっても、ギリギリまで作業が増え続けるのは、この会社で働く者の宿命。それはまた、社員たちの誇りでもある。

「アメリカでは、毎週土曜日の朝、テレビで子供向けのアニメ番組が流れます。子供は、それでも十分満足なんですよ。だけど、そこから先を詰めるのが、映画だと思うんです。その上でさらに、最後の10%、5%まで徹底的に詰めることができる会社というのがある。それは技術面だけに限らず、ストーリー面にも言えて、ギリギリまでストーリーを向上させようとするがために、アニメーションにも最後まで変更がかかったりするんです。公開日は決まっているので、終わりの時間というのは、必ずあります。監督が『これをやりたい』と言っても、『そんな時間もお金もないし』と言う会社もあるでしょう。でも、ここは『良くなるんだったら最後までやろうよ』という会社。そのせいで残業が増えたりしますが、社員もみんな、より良い映画を作りたいと思っているんですよ。そして、完成作を見たら、『あの修正、やっぱりやってよかったな』と思う。そういう詰めが重なって、ピクサーはピクサーになったのかなと思います」(原島氏)。

 彼らがこだわる細かい部分は、普通の観客が気づかないようなことがほとんどだ。むしろ、作り手は、バイクが発進する時の細かい火花や、スカートの裾の揺れ方など気をとられることなく、観客にはストーリーに没頭してほしいと願っている。そういう見えない気遣いが、この映画をここまで楽しいものにしているのだ。カラフルなビジュアルと笑いがいっぱいのストーリーは、エンドロールに並ぶ名前の数を1000倍にしたくらいの努力に支えられているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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