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主演スターの人種差別ツイートで300人が失業するテレビ界の非情な現実

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロザンヌ・バー(右端)の発言で突然仕事を失った共演者たち(写真:Shutterstock/アフロ)

 美談に舞い上がった後には、残酷な現実が待っていた。ロザンヌ・バーの人種差別ツイートを受け、彼女の主演番組「Roseanne」が突然打ち切られたことで(1本のツイートでキャリアを失ったスターの愚行と、トップ番組を容赦なく切ったテレビ局の英断)、罪のない多くの人が、仕事を失ったのだ。

 30分のシットコム番組「Roseanne」は、先月、リバイバル後の第1 シーズンを終了し、秋に始まる新シーズンでは13話が作られることが決まっていた。打ち切りが決まった今週火曜日は、たまたま脚本家たちによるミーティングが始まった日だったが、もはや次のミーティングはない。ライターのほかにも、衣装デザイナー、メイクアップアーティスト、大道具係、小道具係、エディターなど、番組の製作に関わるあらゆるスタッフとクルーを数えると、およそ300人から400人になるという。彼らはみんなフリーランスだ。

 アメリカのテレビ界では、視聴率が悪いと、まだ2話や3話しか流れていなくても打ち切りになることがある。「来週に続く」だったのに来週はなかった、というのも珍しくないことだ。ある程度続いた番組でも、次のシーズンがあるかないか、現行シーズンが終わるぎりぎりまで決まらなかったりする。だが、この3月、21年ぶりに始まったリバイバル版「Roseanne」は、初回から記録的な視聴率を上げ、すぐに次のシーズンにゴーサインが出た。1988年に始まったオリジナルは9シーズンも続いたこともあって、この世界に保証などないと頭ではわかっていつつも、関係者は、しばらくは安泰と思っていたはずだ。

 それが、突然にして無職になってしまったのである。埋まっていたはずのスケジュールは、真っ白。次を探そうにも、秋に始まるシーズンは、どの局ももう固まってしまっていて、この段階ではなかなか入れない。組合の規定で、レギュラー番組に雇われると、その間、ほかの仕事は受けられないと決まっている脚本家たちは、「Roseanne」のために蹴ってしまった面白そうな企画を思い出しては、地団駄を踏んでいることだろう。昔と違い、Netflixやアマゾンなどストリーミングサービスがシーズンに関係なく新番組を作る時代なのが幸いだが、都合よく、今、そんな仕事が自分のところに回ってくるとは限らない。あったとしても、単発かもしれない。

 打ち切りを決めたABCは、関係者に向けて、「こんなことに巻き込んでしまって、申し訳ありません。あなたたちの貢献に感謝しています。いつかまたご一緒できれば幸いです」とのレターを出したということである。だが、出演者や脚本家らになんらかの支払いをするのかどうかについては、まだ何もコメントをしていない。

再放送も中止でダブルパンチ

 アメリカでは、日本と違い、テレビ局はドラマやコメディ番組、リアリティ番組を自社制作しない。つまり、番組を所有はしておらず、再放送は、しばしば別の局で流れる。

 番組がどこかで再放送されたり、DVDが売れたりするたびに、出演俳優、脚本家、監督には、レジデュアルと呼ばれる再使用料が入る。だが、ABCが決断をした直後、再放送する局もラインナップから「Roseanne」をはずしてしまった。本来、レジデュアルは、浮き沈みの激しい業界にいる俳優や脚本家にとって、仕事をもらえないで困っている時期の助け舟となるものである。今、まさにそれが必要となったのに、彼らはそれをも奪われてしまったのだ。ちょい役で出ていてもレジデュアルがもらえるのはありがたかったけれども、主役がスキャンダルを起こし、彼女に制裁が加えられたことで、根こそぎその権利がもぎとられてしまったのである。

 業界関係者は、もちろんそんな事実に敏感で、番組打ち切りのニュースが出るや否や、ソーシャルメディアには「共演者やクルーがかわいそう」というコメントが多数投稿された。中には、「ロザンヌ抜きで『Roseanne』を続けたらどうか」というコメントもあり、それはちょっとした盛り上がりを見せてもいる。

 そもそも先月放映されたシーズン最終回で、ロザンヌはオピオイド依存症だったことがわかったし、膝の手術を受けようとしていた。「依存症か手術で死んだことにすればいいじゃないか」という声もあれば、「『コナー一家』にすればいい」という新タイトル案まで出ている。「Girls」のクリエーターで主演女優のレナ・ダナムも、「ダーレーン(サラ・ギルバートが演じるロザンヌの娘)の子供たちについてのスピンオフを作りたいわ」とツイートした。

 過去には、やはり大人気シットコムだった「Cheers」が終了した後、フレイジャー(ケルシー・グラマー)を主人公にした「Frasier」が作られて大ヒットした例がある。「Friends」の後にはジョーイ(マット・ルブラン)を主役に据えた「Joey」が作られた(こちらは視聴率がふるわなかった)。「Two and a Half Men」は、主役のチャーリー・シーンが素行の問題で追い出された後、アシュトン・カッチャーを新たに雇って続け、前よりもっとヒットしたし、「The OC」でも、主役同然だったミーシャ・バートンが、やはり勤務態度のせいで解雇され、最後のほうは彼女がいないまま続いている。アイデアとしては、ありえないことではない。

 実現すれば、ずっと「Roseanne」に関わってきて、これらのキャラクターをもっとも良く知るスタッフが、再び雇われるだろう。だが、もし、それがあるとしても、この秋には到底間に合わない。新しい番組を「Roseanne」と同じくらい魅力的なものにしようとするなら、なおさら熟考のための時間が必要なはずだ。しかし、もしも本当にスピンオフができて、大成功をおさめてみせたりしたら、すでに十分おもしろい「Roseanne」の歴史に、新たな驚きが加わることになる。そんな展開を期待しているのは、安定した収入を見込んで、ちょっと大きな買い物をしてしまったクルーだけではないのではないか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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