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ハリウッドのセクハラ騒動:ハーベイ・ワインスタインの逮捕が意味すること

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
手錠をかけられ、ニューヨークの裁判所に出頭したハーベイ・ワインスタイン(写真:ロイター/アフロ)

 かつて得意げにオスカー像をつかんだその手には、手錠。美しいドレスを着た女性たちに代わって周囲にいるのは、警察と、しかめ面をした弁護士。

 アメリカ時間25日朝、ニューヨークの裁判所に出頭したハーベイ・ワインスタインの姿は、強烈な思い出として、ハリウッドの歴史に残ることだろう。彼が出頭する予定だというニュースは前日から流れていたのだが、それでも、彼が連行される様子は、非常に衝撃的だった。

 権力と名声を振り回し、自分は特別、ほかの人たちより上と言わんばかりに、法も、常識も、人の心も思いやることなく、好き勝手を繰り返した映画界の王。思い通りにならない時は、脅しと金で封じ込め、まさに映画の世界のようにスパイまで使って、自分の悪行が外に漏れることを食い止めた。

 そんな彼も、時代の流れという本当に大きなものを完全に止めることはできなかったのだ。テレビ界やシリコンバレーで女性たちがセクハラに対して立ち上がるようになる中、ワインスタインから辛い目に遭わされたことを長年黙っていたハリウッドの女性たちも、「New York Times」「New Yorker」の取材に対して、ついに実名を出して告白をした。彼に被害を受けたと申し出た女性は、80人以上。ワインスタインはただちに自分が創設した会社をクビにされ、アカデミーやプロデューサー組合からも追放処分を受けた。民事訴訟は複数起こり、妻からも離婚を申請される。ニューヨーク、L.A.、ビバリーヒルズ、ロンドンの警察も、捜査を始めた。

 それでも、過去の事例から、刑事処分は困難であることは予測されていた。レイプ事件は、時間が経つと物的証拠をおさえることが難しく、起訴に至らないことが非常に多いのである。また、多くはすでに時効が成立しているという問題もあった。実際、今週も、「#MeToo」の流れで昨年秋に浮上したハリウッドのタレントエージェント、タイラー・グレイシャムが、不起訴となっている。彼にセクハラを受けた被害者は4人いたが、そのうちふたりは時効が成立、もうふたりは証拠不十分だったのだ。

ビル・コスビーには有罪判決が出たばかり

 今回、ワインスタインを逮捕に導いたのは、2004年と2013年の事件。2004年の被害者は、「New Yorker」の取材に応じたルチア・エヴァンスだ。当時大学生だったエヴァンスに、ワインスタインは、彼がプロデュースするリアリティ番組や映画への出演をちらつかせ、オーラルセックスを強要した。2013年の事件の被害者は匿名だが、彼女はニューヨークのホテルの部屋に閉じ込められてレイプされたということである。これらの事件には強要(forcible compulsion)が関わっていたことから、時効の対象外となったとのことだ。

 わかっている多数の事件の中で、なんとかここまで持ってこられたのがこれらだったわけだが、捜査はまだ続いており、これからも罪が加わってくることは十分考えられる。とくに、L.A.で2013年に起きたレイプ事件については、被害者のイタリア人女優が当時複数の人に語っていることや、被害者がそのホテルに宿泊した記録があることから、かなり望みがあるようだ。しかし、現在の罪だけでも、有罪が確定すれば、最大25年の服役を言い渡される可能性がある。

 ワインスタインはすでに100万ドル(約1億1,000万円)の保釈金を現金で払って釈放されている。だが、居場所が常にわかるようモニターをつけられ、国外逃亡ができないようパスポートも取り上げられた。ワインスタインは今も、自分が結んだ性的関係はすべて相手の合意を得て行ったものだと主張。彼の弁護士も、被害者が裁判で詰問されれば陪審員たちはどちらが正しいのかわかるだろうと、強気の発言をしている。また、役をあげる代わりに性的サービスを要求する、いわゆる“キャスティング・カウチ”は、ハリウッドに昔からあるもので、ワインスタインが始めたものではないとも述べた。

 だが、ワインスタインの内心は不安でいっぱいのはずだ。なにせ、つい先月、やはり長年にわたるレイプで起訴されていたビル・コスビーに有罪判決が出たばかりなのである。コスビーの場合も被害者は大勢いるが、起訴につながったのはごくひとにぎりで、昨年の裁判では陪審員が判決を出せないで終了した。しかし、それは「#MeToo」運動が起こる前の、6月のこと。このやり直し裁判の陪審員は、2004年のレイプ事件に対し、14時間にわたって話し合った末、有罪と判断した。コスビーは、最大30年の服役を言い渡される可能性がある。現在80歳のコスビーは、おそらく人生を刑務所で終えることになると思われる。

性犯罪の通報は、もはや無駄ではない

 コスビーの有罪判決に続いてワインスタインが逮捕されたという事実が与える影響は、非常に大きい。

 ワインスタインの暴露記事でピューリッツァー賞を受賞した「New York Times」の記者ジョディ・カンターは、逮捕直後に出演した公共ラジオで、「性犯罪の被害を通報してもどうせ無駄なのだろうと思わなくなるのでは」と、世の中の変化を予測している。ツイッターにも、「女性たちは何世紀にもわたってレイプされ、セクハラや暴力を受けてきた。そのことについて発言をすると、ひどい仕打ちを受けた。ハーベイ・ワインスタインの逮捕は、歴史的」「権力を持つ男の前で無力に感じた女性たちよ。今日は、正義を感じられる日です。変化は起こり得ます。今、起こっているのです」といった投稿が見られる。

 さらに、マリオ・バタリの件も、追い打ちをかけることになるだろう。

 数多くの人気レストランを持つ有名シェフで、グウィネス・パルトロウとスペインで食べ歩きをする番組を作ったこともあるバタリがセクハラを行ってきた事実が明らかになったのは、昨年末。この時、バタリは謝罪の声明を発表、料理番組を降板させられ、自分が創設した会社B&Bホスピタリティの経営からも退くことになっている。

 しかし、今月20日に放映された「60 Minutes」は、彼が客に何かを飲ませて気絶させ、レイプをしていたなど、その手口がいかに悪質で凶悪だったかを、被害者の悲痛な声を含めて暴露したのだ。これを受けてニューヨーク警察は捜査を開始。B&Bと、やはり彼が関与するイータリーは、彼と縁を切るべく、彼の所有分を買い戻す姿勢だ。ワインスタイン同様、バタリも、自分の会社から追い出され、これまで満喫してきた名声と権力を一気に失ったのである。それだけでなく、彼もまた、おなじみの白いコックコートではなく、私服に手錠をかけられた姿で、カメラのフラッシュを浴びることになるのかもしれない。

 そして、おそらく、彼は最後のひとりではない。ワインスタインの被害者であるアジア・アルジェントは、今月のカンヌ映画祭で舞台に立ち、「今晩も、女性に対する罪を犯した人たちが、ここに座っています。ご自分でおわかりですよね。私たちも、誰のことかわかっていますよ。そして、もう逃げることは許しません」と発言している。やはりワインスタインから被害に遭ったヘザー・グラハムも、「今日、私は、パワフルな女性たちを祝福したいと思います。これは、始まりにすぎないのです」と、今朝、ツイートで宣言した。そう、これは、始まり。ここからまだまだたくさんのことが、きっと起こる。逃げることは、世の中が許さないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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