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同じ話の映画を偶然ライバルが企画した時、ハリウッドはどう立ち向かったのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ゲティ家の身代金」のクリストファー・プラマー(左)とリドリー・スコット監督(写真:Shutterstock/アフロ)

 25日に日本公開となるリドリー・スコット監督の「ゲティ家の身代金」は、命を守るための限られた時間が迫る中、決断と解決策を求めて奔走する人々の状況を描く。だが、その舞台裏も、最初から最後まで時間との闘いだった。

 このプロジェクトが発表されたのは、スコットが「エイリアン:コヴェナント」の北米公開を控えた昨年春。「エイリアン〜」を完成させたばかりというのに、スコットは早くも今作のためのキャスティングを始め、数ヶ月後には撮影し、年末に北米公開するという進行予定を立てた。

 普通ならありえないスケジュールながら、早撮りで知られる大ベテランのスコットらしく、予定どおりに映画を仕上げた上、11月のAFIフェストでプレミアまで決めてみせる。だが、そこで思わぬ事態が起こった。ハーベイ・ワインスタインに続いて、映画でJ・ポール・ゲティを演じるケビン・スペイシーの、長年にわたるセクハラとレイプが明らかになったのだ。

 スコットはすぐさまAFIでの上映を取り消し、スペイシーの出演部分をクリストファー・プラマーで撮影し直すと決める。それだけでも驚きだったが、彼はなんと、クリスマスの北米公開日を守ると宣言したのだ。スコットは見事にやりとげてみせ、プラマーにオスカー候補入りまでさせている。

 それはまさにスコットが賞狙いに有利な公開日を守ってくれたおかげと言えるが、公開延期を拒否したのには、もうひとつ理由があった。同じ誘拐事件を描くテレビドラマがまもなくオンエアされることを、スコットは知っていたのである。

「Trust」と題するそのドラマは、今年3月末からFXチャンネルで放映されている10話構成のミニシリーズ。監督はダニー・ボイル、脚本はサイモン・ボーフォイの「スラムドッグ$ミリオネア」コンビで、ゲティ役をドナルド・サザーランド、ゲティの孫にあたる息子を誘拐されたゲイルをヒラリー・スワンクが演じる。スコットの映画でゲイルを演じるのはミシェル・ウィリアムズで、つまりどちらも負けず劣らずの実力派揃いというわけだ。

テレビドラマ「Trust」では、ドナルド・サザーランドが、リドリー・スコット監督の映画「ゲティ家の身代金」でクリストファー・プラマーが演じたのと同じ人物であるJ・ポール・ゲティを演じている(写真/FX)
テレビドラマ「Trust」では、ドナルド・サザーランドが、リドリー・スコット監督の映画「ゲティ家の身代金」でクリストファー・プラマーが演じたのと同じ人物であるJ・ポール・ゲティを演じている(写真/FX)

 テーマとなるゲティの孫の身代金目的誘拐事件が起きたのは、1973年のこと。以後、長く知られてきた事件であり、今語らなければいけないという必然性は、とくにない。別の人たちが同じアイデアをもったのは、あくまで偶然である。

 ハリウッドには、これまでにも、こういった偶然の例が、しばしば起きてきた。ほかの人が同じことをやろうとしていると知った時、普通は、どうするべきかとちらりとは思うだろう。だが、資金やらなんやらの理由で相手あるいは自分の企画が潰れることもあるし、自分の企画が進んでいるかぎり、率先して諦める理由はない。実際、ジョニー・デップ主演作「ブラック・スキャンダル」と同じ話を、マット・デイモンとベン・アフレックも映画にしようとしていたが、そちらは潰れてしまっている。そして結果的に「ブラック・スキャンダル」はコケてしまった。デイモンとアフレックも、今となっては、そんなに悔しくはないと思われる。

 また、現在日本公開中のジェイク・ギレンホール主演作「ボストン ストロング〜ダメな僕だから英雄になれた〜」と、昨年日本公開されたマーク・ウォルバーグ主演作「パトリオット・ディ」は、いずれもボストンマラソン爆弾テロ事件を描くものだ。「パトリオット〜」が事件直後から犯人逮捕までを追うアクションスリラーなのに対し、「ボストン ストロング〜」は事件で両脚を失った青年ジェフ・ボーマンがそこから立ち上がっていく過程を描いた人間ドラマで、実話ものとはいえ、全然違う。それでも、同じ頃に企画が立ち上がったことは、ウォルバーグを後押しする要因になった。テロ事件があったのは2013年で、ボストン出身のウォルバーグとしては、「まだ早すぎるのではないか」と迷いがあったのだが、「ほかにもあの事件についての映画が動いているとわかっていたし、この映画だって、僕が断っても誰かがやるんだろう。ならば(ボストン出身で、地元の人たちと繋がっている)自分がやるべき」と思ったのだと、ウォルバーグは映画の北米公開時に語っている。作品はともに評価されたが、北米興行成績はいずれも今ひとつだった。

 ここで“対決”したばかりのギレンホールは、次に、もっとテーマが酷似した映画に主演することが決まっている。その映画「The American」で演じるのは、レナード・バーンスタイン。ライバル映画「Bernstein」では、ブラッドリー・クーパーが同じ役を演じる。いずれもまだ製作準備段階で、これらの映画の明暗がどうなるのかは予測がつかないが、この機会に、過去にあるいくつかの対決例を振り返ってみよう。

「ディープ・インパクト」VS「アルマゲドン」(ともに1998)

 企画バッティングの代表的な例と言えるのが、これ。地球に彗星あるいは小惑星が激突するという人類滅亡の危機がテーマのSFパニック映画で、前者はパラマウント、後者はディズニーと、いずれもメジャースタジオによる娯楽大作だ。「どう考えても似ているけれども大丈夫なのか」と周囲から疑いの目で見られるも、「アルマゲドン」は製作がジェリー・ブラッカイマーで監督がマイケル・ベイ、「ディープ〜」もスピルバーグが製作総指揮と、闘う前に引くことなどありえない状況で、ほぼ同時に製作が進められた。およそ7週間先に北米公開された「ディープ〜」が好調なオープニング成績を立ち上げても、ベイは「キャストは自分の映画のほうが豪華だ」と余裕の発言をしている。だが、実はライバルの映画を見て追加撮影を行っていたことが後にわかった。

「ディープ〜」の世界興収は3億5,000万ドル、「アルマゲドン」は5億5,000万ドル。それだけ見ると「アルマゲドン」が勝ったように思えるが、「アルマゲドン」の製作費は「ディープ〜」の倍近い。結果的には両方とも成功したので、文句なしだ。

「エンド・オブ・ホワイトハウス」VS「ホワイトハウスダウン」(ともに2013)

 テロリストの脅威に直面したホワイトハウスを舞台にしたアクションスリラー。「エンド〜」のヒーローはジェラルド・バトラー演じるシークレットサービス、「ホワイト〜」はチャニング・テイタム演じる議会警察官。お互いの企画がわかった時、インディーズ映画である「エンド〜」のプロデューサーたちは、もともとの公開日をさらに早め、ライバルよりもっと先に出るようにした。そのせいで撮影は本当に厳しいものになったと、アントワン・フークア監督は、当時、語っている。結果は、7,000万ドルの製作予算に対し、世界興収1億6,000万ドルで、まずまずと言ったところ。

 一方、「ホワイト〜」は、“ディザスター映画の巨匠”ローランド・エメリッヒ監督が「エンド〜」の倍の予算を使って製作するとあり、有利と思われていた。主演も、当時人気がうなぎのぼりだったチャニング・テイタムである。しかし、こちらは、1億5,000万ドルの製作費に対し、世界興収2億ドルで終わった。宣伝費を考えると赤字である。

「エンド〜」が、大ヒットとは言えないまでも続編を作ったのには、ここから来た自信もあっただろう。「エンド〜」シリーズの3作目にあたるL.A.が舞台の「Angel Has Fallen」は現在撮影中で、来年の北米公開が予定されている。

「カポーティ」(2005)VS「Infamous(日本未公開)」(2006)

 トルーマン・カポーティの伝記映画。「カポーティ」で故フィリップ・シーモア・ホフマンがキャリア初にして唯一のオスカーを受賞したことは、多くの人の記憶に残っていることだろう。だが、翌年の「Infamous」のトビー・ジョーンズも、非常に優れた演技を見せていた。この映画はヴェネツィア映画祭でプレミアされているし、キャストにもグウィネス・パルトロウ、ダニエル・クレイグ、サンドラ・ブロックなど華やかな顔ぶれが揃う。北米公開も賞狙いに有利な秋だったものの、箸にも棒にもかからないで終わってしまった。日本でも未公開だったが、機会があったらぜひ見比べてみてほしい。

「白雪姫と鏡の女王」VS「スノーホワイト」(ともに2012)

 おなじみ白雪姫の物語を、それぞれの視点から実写化するもの。明るいタッチの「白雪姫〜」ではジュリア・ロバーツが、アクションアドベンチャーである「スノー〜」ではシャーリーズ・セロンが継母の女王を演じる。

 北米公開は「白雪姫〜」が3ヶ月先。批評は芳しくなく、興行成績も、製作費8,500万ドルに対し、北米が6,500万ドル、全世界で1億8,300万ドルと、大損ではないにしろ、がっかりだった。一方で「スノー〜」は、北米興収が1億5,500万ドルと、一応ヒットと呼べる数字を達成する。しかし製作費は1億7,000万ドルかかっており、世界興収が4億ドル弱だったとはいえ、続編にゴーサインを出すのには時間がかかった。ようやく作られたクリス・ヘムズワースを主演にした続編は、批評も最悪、興収的にも赤字に終わっている。

「アンツ」VS「バグズ・ライフ」(ともに1998)

 虫を主人公にしたこれらのアニメが同時に作られた過程に関しては、ウォルター・アイザクソンが書いた伝記本「スティーブ・ジョブズ」に詳しく出ている。「トイ・ストーリー」を大成功させたばかりだったジョン・ラセターは、ジェフリー・カッツェンバーグとのなにげないおしゃべりで、「バグズ・ライフ」の構想を語ってしまった。すると、カッツェンバーグは即座に「アンツ」を企画し、「バグズ〜」の1ヶ月前に北米公開してしまったのである。ラセターがいかにカッツェンバーグに対して怒ったかも、この本に書かれている。

 両作品とも、批評は良かった。興行成績では「バグズ〜」が後だったにも関わらず上で、当時まだ初期だったピクサーの力を証明することになっている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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