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月1,000円で映画見放題のMoviePass。「使ってもらっては困る」サービスの将来はいかに

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
観客動員数が減少する中、劇場は客足を増やすために頭をひねる(写真:アフロ)

 毎月決まった会費を払えば、新作映画を見放題。観客は大きく節約できる上、劇場には正規料金が入って、みんなが美味しい。

 そんなビジネスモデルを提唱するMoviePassは、創業からしばらく、映画館チェーンからも観客からも疑いの目で見られていた。一見、お得なようでいて、料金は住む街によって違ったり、一緒に行く友達の分は買えなかったり、使える映画館が限定されているなど、実は思ったほどいい話ではなかったのである。

 だが、昨年8月、1ヶ月の会費が全米統一で9ドル95セント(約1,068円)に大幅値下げされたことで、再び大きな注目を浴びることになった。アメリカは日本より映画が安いという昔のイメージを持つ人は多いかもしれないが、L.A.やニューヨークの中心部では、10ドル以下で新作を見るなどほぼ不可能というのが現状。この値段ならば月に1本しか見なくても得をするとあって、会員数は一気に増えた。MoviePassによると、価格改定から2ヶ月の間に、新たに40万人が加入したという。今年2月には、会員数が200万人を突破したと発表された。

 今月、MoviePassは老舗の前売りサイトMoviefoneを買収。さらに、経営破綻に陥っている音楽配信サービスiHeartRadioとも提携し、両方のサービスを使える新しいプランを発表した。だが、そうやって勢いのあるところを見せつけても、この会社の将来に対する不安は消えていない。そもそも、会社の存続は、「実際にはほとんど使わないメンバーをどれだけ確保できるか」にかかっているのだ。スポーツジムと同じで、入ったばかりの時は熱心に使っても、そのうち来ない人がほとんどになることを期待しているのである。

使いすぎる会員は追放。人気のありすぎる映画はブロック

 MoviePassに入会すると、メンバーシップカードが郵送されてくる。会員は、見たい映画を上映していて、MoviePassと提携している映画館に足を運び、すぐ近くまで来たら、アプリで上映回を指定する。それを受けて、MoviePassは、その回のチケットの値段と同じ額、つまり、それが15ドル75 セントならば15ドル75 セント、12ドル50セントならば12ドル50セントを、その人のメンバーシップカードに入金。会員はそのカードをキオスクで使い、チケットを受け取るという流れだ。

 3DやIMAXには使えない、自分の分しか買えないなど、制限はいくつかあるが、映画は24時間に1本見ることが許される。計算が苦手な人でもわかるとおり、9ドル95セントの会費で12ドル50セントの映画を1回見られたら、もうそれだけで損失だ。

 ここ数ヶ月の間、メディアでは、MoviePassから一方的に追放されたという体験談がいくつか紹介された。MoviePass側は、「その会員が(IMAXなど)使えないはずの作品に使おうとした」ことを理由に挙げているが、「そんなことはしていない」と、多くが否定している(wired.comによると、MoviePassは、これら一方的にキャンセルした会員のうち、約10%の人に対して、彼らの言い分を認め、再入会を許したそうである)。Deadline.comに対して体験を語ったある会員は、自分が月に12本も見たからかと疑問を投げかけた。

 先に挙げたiHeartRadioとの提携プランでは、月に4本しか見られないことになっており、ここでも1ヶ月に見られる本数を制限したいという気持ちは明白だ。このプランは3ヶ月ごとに29ドル95セントで、月にならすとおよそ10ドルとなり、無制限のプランと値段は変わらない。iHeartRadioを付ける代わりに月4本でいいという会員を増やそうという狙いだろう。

 また、先月には、「レッド・スパロウ」の公開週末に、なぜかこの映画がブロックされているという問題も起きた。MoviePassは、「劇場主と会員が良い体験をできるよう、私たちは常にあらゆるテストを行っています。そのため、時には、一部の市場で一部の映画を選択肢から削除することがあります」と、あやふやな弁明を行ったが、これを受けてソーシャルメディアには、「ブラックパンサー」もほとんどの回がブロックされていたという体験談が浮上した。しかし、「レッド・スパロウ」への反響は、記録を塗り替える大ヒットとなった「ブラックパンサー」とはほど遠く、なぜこの映画が対象にされたのかは謎である。

 利益を上げるべく、MoviePassは、劇場主に対し、チケットをディスカウントしてほしい、ポップコーンなど売店の売り上げの一部を回してほしいなどと要求している。超大手シネコンチェーンのAMCが断固として拒否すると、MoviePassは、AMCの中でも最も人気のエリアにあるシアターをいくつか削除した。そのようなケンカ腰のやり方もまた、この会社のイメージに影を投げかける。 

昨年の北米観客動員数はここ22年で最低

 一方で、後発のAtom Ticketsは、ディズニー、フォックス、ライオンズゲートらから多額の出資を得ている。スマホのアプリであるAtomは、映画情報や上映館、上映スケジュールを検索し、チケットを購入して、劇場にはスマホの画面をスキャンして入場できるという、チケット購入の面倒、並ぶ時間などを省くものだ。チケットの値段は映画館で買うのと同じで、手数料も、会費もない。自分がこの映画に行き、ここに座っているという情報を画面からすぐ人に送ることもできて、友達を誘うのも簡単だ。劇場によっては、ポップコーンやドリンクも、先にこのアプリで注文しておける。

 このアプリを開く時にはほぼ毎回、新作映画のコマーシャルが流れる上、開かなくても「今週末は、この映画のチケットを1枚買うと2枚目はタダです」「今週末、この映画がたった5ドルで見られます」といったようなメッセージが、たびたび送られてくる。「今月映画を3本見たら、次の1本は無料」というスペシャルをやっていたこともある。

 かつて、アメリカでは、週末ごとに映画を見に行くのが多くの人の習慣だった。だが、映画の値段が上がり、テレビドラマが“ルネサンス”と呼ばれるくらい質が向上して、NetflixやAmazonなどストリーミングサービスが充実してきた今、映画にはあまり行かなくなったという人が増えている。昨年の北米での観客動員数は12億4,000人で、ここ22年で最低の数字だった。

 この現状をなんとかしなければというのは、関係者がみんな考えていることだ。上映中に食事やお酒を注文できるレストランシアターや、水しぶきや揺れが体験できる4Dシアターなどへの投資が目立つのも、人を家から引っ張り出すための画策にすぎない。マーベルのスーパーヒーローものや「スター・ウォーズ」は心配なくても、劇場の半分以上が空席という状況は、実際のところしばしばある。MoviePassや、Atomのスペシャルなどは、まさに、それを解決しようというものだ。

 映画館でほかの人々と感動や興奮を分かち合うという文化を大切に思う気持ちは、映画ファンに共通するもの。だが、それを消滅させないためにどうすればいいかというのは、難しい問題だ。これから先、みんなが満足するすばらしいアイデアは、果たして生まれるだろうか。それは、思いもかけないテクノロジーだったりするのだろうか。まだ見ぬ救世主が現れる日を、映画関係者は、心から待ちわびている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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