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ハリウッドの新たなお客様?サウジアラビアは次の中国になり得るか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ハリウッドへの投資に積極的なサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(写真:ロイター/アフロ)

 中国がホットだったのは、2年前の話。昨年、そのバブルはあっけなく弾けたが、ハリウッドには早くも次の魅力的な“新規顧客”が現れた。サウジアラビアだ。

 昨年6月、サルマーン国王の勅命により王位承継者となった32歳のムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、「ビジョン2030」をスローガンに、積極的な文化改革を推し進めている。アメリカ時間18日、人気報道番組「60 Minutes」に出演したサルマン皇太子は、女性へのベール着用ルールを緩和したこと、この6月からは女性にも運転が許されることなどを誇らしげに語った。

 だが、ハリウッドが何よりも注目するのは、映画の解禁だ。今年、サウジアラビアでは、35年ぶりに、一般向け映画館がオープンするのである。

 このニュースが最初に報道された昨年12月、世界最大の映画館チェーンであるAMCは、いち早く、サウジアラビアの国営投資ファンドと契約を取り付けたと発表した。先月には、上映中にもウエイターに料理やお酒を注文できる高級映画館チェーンiPicが、やはりサウジアラビアでのビジネス展開を発表している。そして今度は、ハリウッドの大手タレントエージェンシーが、サウジアラビアと契約を結ぶかもしれないというのだ。

 話を進めているのは、映画やテレビだけでなく、スポーツ、ファッション、メディア、イベントなども手がけるWME/IMGことエンデヴァー。ハリウッドスターでは、マーク・ウォルバーグ、ミシェル・ウィリアムズ、デンゼル・ワシントン、マット・デイモンなどが所属する。サウジアラビアは、4億ドルから5億ドルを払って、この会社の4%から5%を獲得しようとしているらしい。このパワフルなエージェンシーの一部を握れば、コンテンツに関して意見を言えたり、自国民向けの作品を製作したり、イベントなどを誘致できたりなど、サウジアラビアにとって、可能性は大きく広がる。契約は、サルマン皇太子が訪米中の今週中にもまとまる見込みだ。

 サウジアラビアは、ほかにも幅広くエンタテインメント関係への投資を進める意向で、この分野になんと640億ドルをつぎ込む姿勢だという。

人口の3分の2が30歳以下という若手市場

 ハリウッドにとって、サウジアラビアは、未開発の、まっさらな市場。日本やヨーロッパなど映画先進国で、もはやそれほど画期的な興行収入の成長が期待できない中、大きな違いをもたらしてくれるのが、これら後発の市場である。近年ではロシアやブラジルなどがそうで、ハリウッドはこれらの国にラブコールを送ってきた。

 中でも特別だったのが、人口の多い中国である。映画館建設ラッシュのせいもあり、2、3年前には興行収入が前年比5割り増しという異常な伸びを見せていた中国は、受け身でいるだけでなく、ハリウッドのプロダクション会社やスタジオに投資したり、あるいは買収したりと、“爆買い”に走った。当時はアメリカの政治家も「ハリウッドが中国のプロパガンダに利用される」と懸念を示したものだが、まもなく興行成績の伸びは勢いを失い、政府の規制もあって、数々のハリウッドとのディールは軒並み崩壊している(ハリウッドが早くも知らされた、中国マネーの当てにならなさ)。

 サウジアラビアの人口は3,000万人と、中国の13億人に比べるとずっと少ない。それでも、将来的には年間10億ドルの興行成績が見込めると業界関係者は見る。人口の3分の2が30歳以下と、若者中心の国であることも、大きな魅力だ。しかし、空白の35年があるこの市場では、中国で「スター・ウォーズ」が当たらないように、独特の試練も出てくると思われる。これまた中国も同様、政府によるセンサーシップも考慮すべき事柄だ。レストランでも女性と家族が決められたエリアに座らされている現状では、デートで恋人同士が恋愛映画を見る姿も、おそらくすぐには見かけられないだろう。

 それでも、この波を逃してはならないという雰囲気は、すでに生まれている。中国とのビジネス関係が豊富なDMGエンタテインメントの元エグゼクティブ、クリス・フェントンは、現在、サウジアラビアの映画とコンテンツ事業を率いる職につく交渉を進めているということだ。ほかにも話し合いをしている優秀な人材はいるかもしれないし、WME/IMGのディールが固まれば、ますます拍車がかかる可能性はある。人の流れはスクリーンの後ろだけとは限らない。ここ数年、ハリウッドのアクション大作で中国人俳優や中国の街を見かけることは多くなったことを考えれば、想像がつくというものだ。果たして数年後、ハリウッド映画は、サウジアラビアの望むような形で変化を見せているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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