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オスカー前夜:封筒取り違えは起こらない?「#TimesUp」は控えめ、話題は銃規制問題か

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
今年も、作品部門のプレゼンターはフェイ・ダナウェイとウォーレン・ベイティが務める(写真:ロイター/アフロ)

 アカデミー賞授賞式が、明日に迫った。L.A.はここ数日、雨模様だったが、今日の昼間に上がり、明日はやや肌寒いものの晴天の予定。第90回という節目となる今年は、舞台も4500万個のスワロフスキーのクリスタルで飾られるなど、一層豪華さを増すようだ。

 今年、最も注目されるのは、作品部門を「シェイプ・オブ・ウォーター」と「スリー・ビルボード」のどちらが取るのか、あるいは大穴があるのかである。だが、受賞結果以外のサプライズは無用。舞台裏では、そのために徹底した準備が行われている。

 誰もが覚えているとおり、昨年は、圧倒的に有力だった「ラ・ラ・ランド」ではなく、「ムーンライト」が作品賞を取るという大逆転があった。なのに、封筒取り違えでプレゼンターのフェイ・ダナウェイが「ラ・ラ・ランド」と読み上げてしまい、本来のサプライズがすっかり霞んでしまっている。

「ムーンライト」にとっては大変失礼な出来事で、今回の授賞式で、あらためて「ムーンライト」に正しい受賞の瞬間をあげるべきだという声も強い。それが行われるのかどうかは明らかでないが、恥をかかされたダナウェイとウォーレン・ベイティは、再び作品部門のプレゼンターとして舞台に上がり、名誉挽回することがわかっている。そもそも、あれは、オスカーの投票を管理する会計会社プライスウォーターハウス・クーパーズ(PwC)の担当者が、舞台の袖でツイートするのに忙しく、間違って主演女優部門の控えの封筒をふたりに渡してしまったことが原因なのだ。その封筒の中には、「エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』」と書いたカードが入っており、ベイティが一瞬疑問に思ってダナウェイに渡したところ、ダナウェイは「ラ・ラ・ランド」のところを見て、読み上げてしまったのである。

 封筒のデザインが変わったことも悪かったのかと言われている。それまではゴールドの封筒の上に、白地に黒の字で「作品賞」「主演男優賞」などと書かれていたのだが、昨年は、赤の封筒に直接ゴールドの字で部門名が書かれていた。70過ぎのプレゼンターにとってはとくに読みづらく、間違った部門のものだと気付きにくかったのかもしれない。

 今年、またもや封筒のデザインが変わるのかどうかは現段階で不明ながら、絶対に同じミスは起こさないという決意と自信は、ダナウェイとベイティに再びお願いしたことに表れている。間違い防止の第一ステップは、昨年のPwCの担当者をはずすこと(ただし彼らは今もPwCに勤務している)。新たに担当となった人々は、舞台の袖でプレゼンターに封筒を渡す際、それが正しい部門のものであるかどうかを必ず確認するよう言い渡されている。また、舞台裏でのスマホの使用は禁止。起こってはいけないことが起こった場合に備えたリハーサルも行われたようだ。

 昨年に続いて授賞式のプロデューサーを務めるマイケル・デ・ルーカは、「L.A. Times」に対し、「もう封筒の話はやめようよ」と語っている。「もし何かがあったら、僕らが舞台の上にすっ飛んで行くから」とのことだ。もうひとりのプロデューサー、ジェニファー・トッドも、「何かトラブルが起こるとしたら、封筒以外のことでしょうね」と言っており、ここはとりあえず安心できそうである。

ケイシー・アフレックの代わりはジェニファー・ローレンスとジョディ・フォスター

 ゴールデン・グローブ授賞式は、セクハラに抗議の意を示し、女性たちが黒をまとって現れたが、さすがに彼女らも、権威あるオスカーでこのような"乗っ取り"をやろうとは考えていない。グローブ授賞式を「#TimesUp」立ち上げの場に使ってみせたこの運動の代表たちは、オスカーのプロデューサーやディレクターらと話し合いをし、授賞式中、どんな形でこの問題が持ち出されるのか、すでに決めてあるという。女優たちにしても、オスカーという最高の晴れの場では自分が一番美しく見えるドレスを着たいだろうし、黒でなければ裏切り者と呼ばれる状況でなくなったのは、朗報だろう。

 また、先月のフロリダの高校での銃乱射事件以来、アメリカでは、セクハラよりも銃規制のほうに論議が集中しているというのが現実である。この問題は、おそらく、どこかで誰かが必ず触れると思われる。アワードシーズンで定番になったトランプ批判が、今回はこの角度から行われることになるかもしれない。

 しかし、本日のインディペンデント・スピリット賞でもワインスタインやケビン・スペイシーについてのジョークが出たとおり、セクハラ問題も決して古くはなっていない。本来ならば主演女優部門のプレゼンターを務めるはずのケイシー・アフレックが舞台に上がらないことも、その事実をしっかり思い出させることになるだろう。アフレックは、過去にふたりの女性からセクハラで訴訟され、示談で解決している。それは周知の事実だったのに、「#MeToo」運動より前に行われた昨年のオスカーで、アカデミーはアフレックに主演男優賞をあげてしまった。ギリギリセーフでラッキーと思いきや、そうはいかず、今になってしっかり気まずい思いをさせられたというわけだ。

 アフレックが辞退してくれたことに対し、アカデミーは感謝の意を表明している。アフレックの代わりには、ジェニファー・ローレンスとジョディ・フォスターが選ばれたこともわかった。アフレックの兄ベンにもセクハラ疑惑が上がっており、ハリウッドでパワフルなこの兄弟は、今回、身をひそめることになりそうだ。お友達のマット・デイモンも、セクハラに関するコメントで女性たちから強い批判を受けて以来(ハリウッドのセクハラ騒動:マット・デイモンの発言に批判殺到。「男は何も言わないべき」なのか?)、おとなしくしている。授賞式のホスト、ジミー・キンメルとデイモンがお互いをいじり合うジョークはもはやおなじみだが、今回の授賞式では、なさそうだ。

肝心の作品賞はどうなるのか

 そして、肝心の作品賞。これが、今年はなかなか読めない。

 ノミネーション数とこれまでの受賞の数で判断するかぎり、「シェイプ・オブ・ウォーター」がリードしていると見るのが妥当である。だが、最近英国アカデミー賞を取って巻き返した上、銃の暴力に対するフロリダの高校生たちの怒りがタイムリー感を高めている「スリー・ビルボード」の受賞を予測するアワード専門家も少なくない。さらに、「ゲット・アウト」の大穴説がある。低予算のホラー映画にオスカーはさすがにないだろうという気持ちもぬぐえない中、本日のインディペンデント・スピリット賞受賞で、信ぴょう性はさらに強まってきた。

「シェイプ・オブ〜」は、インディペンデント・スピリットには資格がなかったので、これだけで「ゲット・アウト」が優位であると言うには、もちろん無理がある。だが、やはりオスカーに候補入りしている「レディ・バード」と「君の名前で僕を呼んで」を破ったことの意味は、決して小さくない。そして「スリー・ビルボード」は、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞を取ったものの、作品部門にはノミネートされていなかったのだ。先月半ばの北米公開以来、社会現象にまでなっている「ブラックパンサー」が、やはり主演と監督が黒人である今作の後押しをする可能性も考えられる。

 と言うわけで、今年のオスカー作品部門は、ますます読めなくなってきているのだ。だが、あれこれ憶測に頭を悩ませるのも、あともうちょっと。すべての謎は、まもなく解ける。最後に笑うのは、果たして誰だろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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