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オスカーレース最前線:「シェイプ・オブ・ウォーター」盗作訴訟が作品賞の結果に与える影響は

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカー候補作「シェイプ・オブ・ウォーター」(Fox Searchlight)

 オスカー投票締め切りが、4日後に迫った。そんな中、作品部門の最有力候補「シェイプ・オブ・ウォーター」が、ちょっとした危機に直面している。この映画は60年代に書かれた舞台劇「Let Me Hear Your Whisper」の盗作だとする訴訟が起こされたのだ。

 訴えているのは、その戯曲を書いた故ポール・ジンデルの息子デビッド・ジンデル。訴状は、劇の主人公が口のきけない女性清掃員であること、彼女が軍隊の研究所に連れられてきたイルカを救おうとすること、時代設定が冷戦の時期であることなど、映画との類似点を70個近く挙げている。

 ジンデルが配給のフォックス・サーチライトに初めてこの件で連絡したのは、1月半ばのこと。しかし、取り合ってもらえなかったため、今月14日に弁護士を雇い、20日に訴状を提出すると警告したという。20日は、オスカーの投票が始まる日。この日を選んだのが偶然でないことは、誰の目にも明白だ。

Fox Searchlight
Fox Searchlight

 フォックス・サーチライトは、「このタイミングで訴訟をしたのは、プレッシャーを与えて手早く和解を取り付けようという狙いでしょう。しかし、私たちは、断固として、この革命的で独創性のある映画のために闘います」と声明を発表している。ギレルモ・デル・トロ監督も、deadline.comに対し、自分とプロデューサーのダニエル・クラウスはこの劇について聞いたこともなかったと主張した。この時期を狙って訴訟してきたことに不快感を示すデル・トロはまた、「25年もこの仕事をやってくる中で、自分は高い評判を築いてきた。自分が影響を受けた作品について、いつもオープンに語ってきてもいる。これまでに書いた脚本は24本もあるが、一度もこういった苦情を受けたことはない」と、オスカー投票者は自分を信じてくれるはずだとの自信も見せている。

ハーベイ・ワイスタインが使いそうな手段

 オスカーキャンペーンの真っ最中に、候補作についてのネガティブなニュースが浮上するのは、よくあることだ。セクハラとレイプ疑惑ですっかりハリウッドから追放されてしまったハーベイ・ワインスタインはとくに、こういった手段を遠慮なく使っている。

 たとえば、ワインスタインのミラマックスが製作した「イン・ザ・ベッドルーム」が作品部門に候補入りした年には、最有力候補だった「ビューティフル・マインド」の主人公で実在の人物ジョン・ナッシュについてのネガティブな記事が出回っている。彼がユダヤ人差別する人だったことや、ゲイだったことなどが映画では描かれておらず、彼を美化していると指摘するもので、その記事が出るように仕向けたのはワインスタインだった。

 また、「スラムドッグ$ミリオネア」がワインスタインの「愛を読むひと」と対決していた年には、「スラムドッグ〜」製作チームがインドの子供たちを搾取したとの報道が出ている。「ハート・ロッカー」も、オスカーキャンペーンの最中に、映画に出てくる一部のことが事実と違うと指摘されたが(この年はワインスタインの『イングロリアス・バスターズ』も候補入りしていた)、いずれもワインスタインのしわざだったとの見方が強い。

 ジンデルの弁護士は、「私たちはオスカーレースに作品がからんでいるわけではないし、『シェイプ・オブ〜』の受賞を脅かすことは目的ではない」と主張している。しかし、オスカー投票歴の長いベテランのアカデミー会員にとっては、この時期になるとたまに聞く話と、それほど変わりはないだろう。意地悪な作戦の対象となった上記の作品はどれも、結果的に、無事、作品賞を受賞している。

盗作訴訟のほとんどは、証明できずに終わる

 実際に裁判が展開するとしたら、オスカー授賞式が遠い昔の話になってからだ。いざ裁判になってからも、長い時間がかかる。それだけ時間と弁護士代を費やしても、盗作だと証明するのは、至難の業だ。

 ハリウッドでは、これまでにも、「ターミネーター」「マトリックス」「ファインディング・ニモ」など、あらゆるヒット作が盗作で訴えられてきた。「星の王子ニューヨークへ行く」だけはスタジオが和解金を払ったものの、ほかはいずれも盗作だと認められないまま裁判が終わっている。「アバター」などは、5人の違う人から別々に訴訟されたが、いずれも訴えた側が負けた。ここでもまた、アカデミー会員にとっては、おなじみの話なのである。

 それでも、「シェイプ・オブ〜」のチームにしてみれば、この大事な時期に、余計な不安材料が出てきてしまったことに変わりはない。まだ投票していない会員の心をつかむべく、ライバルが最高のアプローチを探してはアピールを続ける中、「シェイプ・オブ〜」のキャンペーン責任者たちは今、この問題から人々の心をそらせる新しい作戦を、必死で考えているところだろう。ライバルもまた、他人事と悠長にかまえてはいるべきではない。あと4日ということは、まだ4日もあるということ。その間、どんなことが起こるか、誰にもわからないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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