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14年を経た今脚光を浴びる、“史上最悪の映画”

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
左から、グレッグ・セステロ、ジェームズ・フランコ、トミー・ワイゾー(写真:Shutterstock/アフロ)

 公開当時、劇場の窓口に「返金には応じません」の張り紙が出された悪名高き映画が、今、脚光を浴びている。たった1,800ドル(約20万円)しか売り上げず、すぐに劇場から追い出されたその映画「The Room」(日本未公開)は、14年を経て、再びL.A.の映画館2館で劇場公開されているのだ。おそらく今回は前より多くの客を呼び込めそうだし、客もひどい映画を期待して行っているので、文句は出ないだろう。

 きっかけを作ったのは、先週末、北米で限定公開が始まった「The Disaster Artist」。ジェームズ・フランコが主演と監督を兼任する今作は、「The Room」のメイキングを語る伝記コメディ映画だ。 今年春のサウス・バイ・サウスウエストでプレミアされて絶賛を受け、最近ではフランコがゴッサム賞の主演男優賞を受賞。インディペンデント・スピリット賞にもノミネートされており、今後もアワードシーズンで健闘が期待されている。Rottentomatoes.comでも、94%だ。

 映画の冒頭では、J・J・エイブラムス、ケビン・スミス、アダム・スコットなどが、“史上最悪の映画”「The Room」について短いコメントをする。スコットは「10年経っても、まだ人がこの映画について語っているというのは、すごいと思う。普通なら、どの映画がオスカーを取ったのかだって、覚えていないよね? あの映画の撮影現場に行き、状況を見て、肌で感じることができたらいいのにと思うよ」と言うのだが、まさにそれを実現してくれるのが、「The Disaster Artist」というわけだ。

 映画の前半では、「The Room」の監督、脚本、主演を務めるトミー・ワイゾー(フランコ)と、若い俳優志望の男性グレッグ・セステロ(フランコの弟、デイブ・フランコ)が出会い、友情を深めていく様子が描かれる。成功を夢見るふたりは、一緒にサンフランシスコからL.A.に引っ越すが、役は全然回ってこない。なにせ、ワイゾーは相当にひどい役者なのだ(ワイゾーに『君は100万年経っても無理』という大物プロデューサーを、ジャド・アパトーが演じている)。

 だが、不思議にお金だけはあるので(仕事をしている様子もないのに、ベンツに乗り、L.A.とサンフランシスコ両方に家を持っている)、ワイゾーは、500万ドル(約5億6,000万円)ほどを出して、自分の映画「The Room」を作ると決めた。主演は自分。婚約者を奪う友人を演じるのは、セステロだ。映画作りをまったく知らないワイゾーの現場は、スタッフにとって悪夢の連続。映画の最後では、フランコらが再現した「The Room」のシーンと、本物の「The Room」の同じシーンを横に並べて見せるのだが、見事なほどぴったりで、終わった後、「ぜひ、本物も見てみたい」と思わせる。今回の劇場再公開は、そんな反響を期待してのものだろう。

ワイゾーを演じるジェームズ(右)と、セステロを演じるデイブ・フランコ(A24)
ワイゾーを演じるジェームズ(右)と、セステロを演じるデイブ・フランコ(A24)

 実は筆者も、「The Disaster Artist」を見た後に、アマゾンで「The Room」のDVDを注文した口である。「The Room」は、映画祭に出たわけでも、マスコミ向け試写をしたわけでもなく、L.A.の映画館1館で回り、1週間で打ち切られたので(2館で上映されて2週間回ったとの記述も見たが、『The Disaster Artist』によると、1館、1週間とのこと)映画関係のジャーナリストにも、見ていない人は多いのだ。

 だが、「The Disaster Artist」に出てきた看板広告を見て、あの映画か、と思い出した。ハリウッドのど真ん中の、決して安くはないはずの場所に、あの「The Room」の看板広告は、結構長いこと出ていたのである。広告はワイゾーのアップで、見たい人が連絡できるよう、電話番号が書かれていた。L.A.では、自己プロモーション的な、よくわからない看板広告を時折目にするので、そのひとつだろうと思ってはいたが、「The Room」は、やがていろいろな街で深夜上映イベントが行われるようになり、カルト的な人気を築いていったというのだから、あの看板をいつまでも出している意味はあったということだろう。

(tommywiseau.com)
(tommywiseau.com)

 そして、今になってようやく見た「The Room」はどうだったかについてだが、何よりもまず、演技が本当にひどい。話はあちこちに飛び、「あれはどうなったんだ?」と思うこともしばしばだ。衣装などディテールにも、まったく現実味がない。陳腐なセリフや、無意味にヌードを出してきたりするところは、安っぽいポルノ映画のようだが、かと言ってポルノにするにはセックスシーンが足りない。ひとことでいうなら、「普通ならば絶対に作られることのない映画」だ。今作が生まれたのはひとえに、ワイゾーが全部お金を出したからである。ひどい映画ならいくらでもあるが、ここまでいけば、それはそれで伝説になるということ。誰の指図も受けないワイゾーは、それをやってのけたのだ。

 彼にどうしてお金があるのか、また彼が何歳なのかは、いまだに誰も知らない謎だそうだ。購入したDVDに、彼のブランドの男性用下着の広告が入ってきたので、そこにあるサイト(https://www.tommywiseau.com)に行ってみると、ほかにも時計、ベルトなどの商品を出している。買う人がどれだけいるかは不明だが、いろいろやってはいるようだ。そんな中に、「The Room」のDVDもあった。北米だけで見られるバージョンに加え、全世界で見られるバージョンもある。

 ワイゾーは、サウス・バイ・サウスウエストでのプレミアにも出席し、フランコらと共に舞台に上がった。自分の”ひどい映画”についてのコメディ映画ができたことは、プライドが傷つくどころか、むしろ光栄なようである。これをきっかけに、世界中の人たちが自分の映画のDVDを買い求めてくれるのであれば、さらにうれしいことだろう。ついでに、男性用下着の1枚や2枚も売れれば、願ったりかなったりではないか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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