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オスカーレース、前哨戦。今のところ勝っているのは、こんな映画

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「Call Me by Your Name」のシャラメ(中央)と監督(右)(写真:Shutterstock/アフロ)

 2017年度のアワードシーズンが、いよいよスタートした。本番を迎えるのは、オスカーと投票者がかぶる組合系の賞が発表される年明けだが、先月末のゴッサム賞の発表を皮切りに、L.A.とニューヨークの批評家賞、ナショナル・ボード・オブ・レビューの賞などが発表され、何が注目されているのかが見え始めてきている。

 最初に言えるのは、「ラ・ラ・ランド」が圧倒的に支持されていた昨年と違い、今年はほかを大きくリードする作品がないということ。これまでに発表された結果にも、それは明らかだ。アワードシーズンのスタート地点と考えられるヴェネツィア映画祭で賞を取ったのは、ギレルモ・デル・トロの「シェイプ・オブ・ウォーター」。だが、オスカーと結果が重なることの多いトロント映画祭の観客賞は、マーティン・マクドナーの「スリー・ビルボード」が獲得した。ゴッサム賞は、トロントでは空振りだったルカ・グァダニーノの「Call Me by Your Name」が受賞。さらに同作品は、L.A.批評家協会賞も勝ち取っている。ニューヨーク批評家サークル賞は、やはりトロントで何も受賞しなかったグレタ・ガーウィグの「Lady Bird」で、ナショナル・ボード・オブ・レビューは、スティーブン・スピルバーグの「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」だ。

「Call Me〜」のティモシー・シャラメと「Lady Bird」のシアーシャ・ローナンは、それぞれ男優、女優賞も手にしており、このふたつは、今、勢いに乗っていると言える。逆に、「シェイプ・オブ〜」「スリー・ビルボード」は、あちこちの部門で名前は見られるが、映画祭以降、作品部門では受賞していない。主演俳優部門も、秋頃には「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」でチャーチル首相を演じるゲイリー・オールドマンがダントツかと言われていたのに、現在のところ、オールドマンの受賞はまだない。

 しかし、先にも述べたように、これらの賞はそもそもオスカーと投票者がまったく別で、過去に結果が重なったことがあるものの、重ならなかったことのほうが多いのである。オスカーとなると、ベテランとして長年尊敬されてきたのに、まだ一度も受賞していないオールドマンは候補に挙がってくると思われるし、やはり今の段階では忘れられている「ダンケルク」も、戦争もので、大きなスケールを持つオスカーらしい作品として、おそらく食い込んでくるだろう。逆に、高校最後の年の、複雑な女の子の心理を、温かい視点から描く「Lady Bird」は小粒で、複数部門での候補入りはあっても、作品賞受賞は厳しいかもしれない。

 しかし、ここまで来たのだから、これらの作品の関係者は、これからの3ヶ月、全力を尽くしてキャンペーンに挑むはずだ。今後さんざん耳にすることになるこれらの作品について、実際に映画を見ている筆者が、今、ここで紹介したいと思う。ネタバレはないので、ご安心を。

「Lady Bird」(A24)
「Lady Bird」(A24)

「Call Me by Your Name」

ゴッサム賞:作品賞およびブレイクスルー俳優賞(ティモシー・シャラメ)、L.A.批評家協会賞:作品賞、主演男優賞(シャラメ)、監督賞(グァダニーノ、ただしギレルモ・デル・トロと同点受賞)、ニューヨーク批評家サークル賞:主演男優賞(シャラメ)

 80年代のイタリアを舞台に、17歳の主人公エリオ(シャラメ)が初めての恋に堕ち、自分を発見していく様子を描く、成長物語かつ恋愛映画。お相手は、父の研究の手伝いで、一時的にアメリカからやってきたオリバー(アーミー・ハマー)。ふたりが恐る恐る心を通わせていく姿が、時間をかけ、繊細な形で描写されていく。期間限定とわかっていて出会ったゲイの恋愛物語という部分は「ブロークバック・マウンテン」にも通じるが、これにはまた違う形の切なさがある。「ブロークバック〜」は、オスカー作品賞の最有力候補だったのに、当時はまだ偏見があったせいか、「クラッシュ」に奪われるというどんでん返しがあった。あれについて不満に思っている人々は少なくなく、今作でリベンジがなされるかもしれない。ところで、エリオの父を演じるマイケル・スタールバーグは、「シェイプ・オブ・ウォーター」と「ペンタゴン・ペーパーズ〜」にも出演している。

「Lady Bird」

ニューヨーク映画批評家サークル賞:作品賞、主演女優賞(シアーシャ・ローナン)、ゴッサム賞:主演女優賞(ローナン)、L.A.映画批評家協会賞:助演女優賞(ローリー・メトカーフ)

 グレタ・ガーウィグの、ソロでの監督デビュー作。舞台は2002年のサクラメント。主人公クリスティーン(ローナン)は、退屈なこの街から出て行きたくてしかたがなく、東海岸の大学に進学を願っているのだが、家にはお金がない。自分の名前も嫌いで、勝手にレディ・バードと名乗る彼女は、母親と衝突を繰り返し、学校でも問題を起こす。その年齢にありがちな感情や出来事を、温かい目で描いていく、共感度満点の作品。だが、 「とくに新しい話ではない」という声が聞かれるのも事実だ。レディ・バードが出会う男の子たちを、「Call Me〜」のシャラメと、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で今年のオスカーにノミネートされたルーカス・ヘッジスが名演。ヘッジスは「スリー・ビルボード」にも主人公の息子役で出演している。

「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」

ナショナル・ボード・オブ・レビュー:作品賞、主演男優賞(トム・ハンクス)、主演女優賞(メリル・ストリープ)

 監督はスティーブン・スピルバーグ、主演はトム・ハンクスとメリル・ストリープ。実話もので、報道の自由を語る時事的なテーマを持つとあって、アカデミーに好まれる要素がばっちり揃っている。また、ストリープが演じる「The Washington Post」の発行人が女性というところも、男女平等が叫ばれる中では、タイムリーに感じさせる部分だ。ベトナム戦争を分析する国防総省の機密文書“ペンタゴン・ペーパーズ”を記事として公開する裏側を描くスリラーで、テンポも良い。だが、やはりジャーナリズムの勝利を描く「スポットライト 世紀のスクープ」がオスカーを取ってから2年しか経っていない上、「スポットライト〜」にあった、 悲しさ、苦しみという感情は、それほどない。ストリープが21回目のオスカーノミネーションを果たす可能性は十分だが、4度目の受賞は厳しいかもしれない。

「シェイプ・オブ・ウォーター」(Fox Searchlight)
「シェイプ・オブ・ウォーター」(Fox Searchlight)

「シェイプ・オブ・ウォーター」

ヴェネツィア映画祭金獅子賞、L.A.映画批評家協会賞:監督賞(グァダニーノと同点受賞)、主演女優賞(サリー・ホーキンス)

 恋愛、ホラー、ミュージカルなどさまざまな要素をミックスし、しかも社会的、政治的なメッセージをさりげなく織り込んだ、独創性あふれる作品。まさにギレルモ・デル・トロにしか作れない映画だ。主人公は、口のきけない夜間清掃作業員と、彼女が恋をする得体の知れない動物。言葉を交わさないこのふたりが心を通わせていく一方で、周囲にいる男たちは、いろいろ話すのにコミュニケーションが取れていないというのも、おもしろい。冷戦時代が舞台ながら、差別、偏見という部分には、トランプのアメリカに通じるものもある。R指定で、バイオレンスも容赦ない上、主人公の女性がお風呂の中でマスターベーションをしているシーンで映画が始まるというようなところが、保守的なアカデミー会員にどう受け止められるかが気になる。

「スリー・ビルボード」

トロント映画祭:観客賞、ヴェネツィア映画祭:脚本賞(マーティン・マクドナー)

 娘が殺されて数ヶ月が経つのに、いまだに警察が犯人を挙げられないことにしびれを切らした母親ミルドレッドは、3つの看板に警察のチーフ、ウィロビーを非難する広告を出し、警察にけんかを売る。その大胆な行動は注目を集める一方、批判もされるが、ミルドレッドは気にしない。口が悪く、態度も悪いミルドレッドを、フランセス・マクドーマンドが熱演。彼女のオスカー候補入りは十分期待されているが、ウィロビーの部下を演じるサム・ロックウェルも見逃されないことを願いたい。L.A.映画批評家協会賞では、脚本部門の次点にもなっており、現代が誇る劇作家マクドナーによる、このオリジナリティあふれる脚本は、おそらくオスカーでも候補入りすると思われる。ブラックコメディである今作が、作品部門でどこまでがんばれるかは不明ながら、トロントで観客賞を取った作品がオスカーでも作品賞を受賞した例は、過去に多い。

「スリー・ビルボード」(Courtesy of TIFF)
「スリー・ビルボード」(Courtesy of TIFF)

「The Florida Project」

ニューヨーク映画批評家サークル賞:監督賞(ショーン・ベイカー)、助演男優賞(ウィレム・デフォー)、L.A.映画批評家協会賞:助演男優賞(デフォー)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞:助演男優賞(デフォー)

 カンヌ映画祭で評判を呼び、トロント映画祭では、プレス試写が満員御礼で入れないという状況になるなど、批評家、関係者の間では、早くから「見逃してはいけない」と言われてきた作品。コミカルで、一見したところそう思えないかもしれないが、実は、最も時事的で社会的な事柄を語る映画でもある。全編iPhoneで撮影した「タンジェリン」で、L.A.のトランスジェンダーたちの日常を描いたショーン・ベイカーが、今度はフィルムで、フロリダの安モーテルに住む人々をとらえる。アパートも借りることができない低収入の登場人物たちにとって、すぐそばにあるディズニー・ワールドは、別世界だ。しかし、だからといって、彼らの生活が暗いばかりで笑いがないというわけではない。モーテルのマネージャーを演じるデフォーは、キャストの中で、唯一といっていい有名俳優(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズも、デフォーの息子役でちらりと出る)。主人公のシングルマザーを演じるのは、ベイカーがインスタグラムで見つけてきたアマチュアで、現地でスカウトしたという一般人も出ている。お行儀のまったくなっていない、うるさい悪ガキたちの暴れっぷりに、お高くとまったアカデミー会員は、最初、ちょっと引くかもしれないが、予測を裏切るエンディングがすばらしいので、ぜひ最後まで見てほしいところである。

「The Florida Project」(A24)
「The Florida Project」(A24)
L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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