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ハリウッドのセクハラ騒動:女性たちが次々名乗り出たのには「トランプのアメリカ」も関係している

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
女性の抑圧を描くドラマでエミーを受賞したエリザベス・モス(写真:ロイター/アフロ)

 またひとつ、連続ドラマが主役を失った。「トランスペアレント」で2度のエミー賞に輝くジェフリー・タンバーが、共演のトランスジェンダー女優ふたりからセクハラで告発され、降板に追いやられたのである。ドラマは現在、第4シーズンが配信中。 タンバーは、「自分の行動は誤解されている」と、セクハラをしたことは否認しながらも、「撮影現場に政治的な雰囲気が出てしまった今、『トランスペアレント』に戻ることは考えられない」と声明を発表した。降板は自主的であるとはいうものの、番組のクリエーター、ジル・ソロウェイは、次のシーズンは彼をはずして進めることを考え始めていたようで、今のハリウッドの状況を考えれば、避けられない事態だったと思われる。

 ほかにも、この2日の間に、ベテランのテレビインタビュアーのチャーリー・ローズ、音楽界の大物ラッセル・シモンズの名前が挙がった。シモンズの被害者は、1991年、17歳の時に被害を受けている。ローズの被害者は8人に及び、彼はテレビ局から降板させられた。政界では、共和党のロイ・ムーアが1979年、当時14歳だった少女に性的虐待をしたこと、民主党のアル・フランケンが2006年にラジオ番組の女性ホストにセクハラをしたことが、世間を騒がせている。

 なぜ、今、過去のセクハラ被害告発が爆発しているのかについては、以前もここで書いた(ハリウッドのセクハラ騒動:なぜ今、急に爆発したのか)。しかし、あまりにも次々に出てくるせいか、その後にも、日本の方々から、「目立ちたいから名乗り出る女性もいるのではないか」「そんな昔のことを今さら言うなんて、ずるいのでは」という声を、その後も何度か耳にしている。そう聞くたびに、もう少し突っ込んで語るべきだったかと思う。

 前回の記事では、昨年夏から今年春にかけてフォックス・ニュース・チャンネルの複数の女性たちがセクハラ被害を訴える事態が起きていたこと、そもそも昔は今よりもっと性暴力の被害者が警察に届けにくい社会的風潮だったこと、被害者が未成年で加害者は圧倒的に力があったことなどに触れた。今回は、ハリウッドを越えた、もっと広い視点から、ここに至るまでに、無意識ながらどんなふうに女性たちの中では準備が進んでいたのかを語ってみたい。

トランプ就任式直後のウーマンズマーチ、タイムリーな「The Handmaid’s Tale」

  大統領選挙を控えた昨年秋、トランプによる、過去の下品な発言の音声が公開され、大きなニュースとなった。「Access Hollywood」のキャスター、ビリー・ブッシュとの会話で、トランプは、ある女性について、彼女とセックスをしようと試みたのにだめだったと、非常に下品な言葉使いで言っている(この音声暴露でブッシュは職を失った)。それとは別に、トランプが、自分のリアリティ番組「The Apprentice」に出演した女性をホテルの部屋に呼び、胸を触るなどしたことも明らかになっている。選挙期間中にも、トランプは、特定の女性に対し、ルックスをばかにする発言を何度も行った。それらの話を聞いた女性たちは、こんな男が大統領になるはずはない、してはいけないと怒りを覚えた。

 それなのに信じられない結果が出てしまった時、全米の女性たちはすぐに、猫の耳のような形をしたピンクのニット帽「プッシーハット」を、せっせと編み始める。就任式翌日のウーメンズマーチにこれをかぶって参加し、女性の権利を訴え、抗議の姿勢を示すためだ。「The Washington Post」の試算によると、このウーメンズマーチには全米で320万人から520万人が参加したとのことで、史上最大規模のものとなっている。

「The Handmaid's Tale」(写真/Hulu)
「The Handmaid's Tale」(写真/Hulu)

  就任するやいなや、トランプは、中絶手術も行う非営利団体プランドペアレントフッドに資金援助をしないという大統領命令に署名。テレビ番組「Morning Joe」の女性ホスト、ミア・ブルゼジンスキーのルックスについて、侮辱的な発言をするなど、女性に対するひどい態度も変わらなかった。テレビドラマ「The Handmaid’s Tale」は、そんなふうに、白人男性の権力者が、女性の体について決めたり、勝手な評価をしたりすることへ女性たちが不満を高める中で始まっている。

 今年のエミー賞で、作品部門、主演女優部門、脚本部門を含む8部門を受賞した「The Handmaid’s Tale」の舞台は、クリスチャンの白人男性らが政治を取り仕切る近未来のアメリカ。この社会では女性の多くが不妊で、妊娠できる女性は、権力者の男たちにあてがわれ、彼らの子供を生むことを強要される。衝撃的なこのドラマに現実との共通点を見て、警告を感じた人は少なくなく、だからこそ絶賛され、社会現象にもなったのだ。シーズン最終回には、主人公をはじめとする女性たちが、静かながら抗議の姿勢を示す感動のシーンがある。テレビの中の彼女らに、「そうよ、立ち上がらないと!」と呼びかけた女性たちの心の中で、何かが起きていたことは、十分考えられる。

ハリウッドの前に、シリコンバレーでセクハラ暴露が起きていた

 セクハラ暴露で男性が職を失う事態は、ハリウッドよりひと足先に、シリコンバレーで起きていた。ライドシェアリング会社Uberの元エンジニア、スーザン・フォウラーが、上司から性的関係を強要されるなどセクハラを受けたことを、今年2月、ブログに投稿し、大きな反響を呼んだのだ。

 調査の結果、セクハラは社内に蔓延していたことがわかり、6月には20人以上のエグゼクティブが職を失う。この件以外にも多数の問題に直面していたCEOで創設者のトラヴィス・カラニクも、追放された。この出来事の後、シリコンバレーでは、さらに多くの女性が、メディアに対して自分のセクハラ体験を告白している。

「New York Times」がワインスタインについての最初の暴露記事を出す直前には、L.A.の名門私立女子高校在学中に教師から性的暴力を受けていた現在33歳の女性チェルシー・バーケットが、学校に対して起こした民事裁判に決着がついたことが報道されている。この教師の長年にわたる行為が発覚したきっかけは、高校時代に教師から性的暴力を受けていたことを告白する、匿名のブログだった。教師の名前は伏せてあったのに、バーケットは、読んですぐ、それが誰のことかわかり、自分の過去の被害について警察に届け出る。これを受け、さらに大勢の元生徒が名乗り出て、この教師は、ずっと隠してきた昔の罪をつぐなうべく、1年の実刑判決を受けたのだ。

 この教師がしたことを聞いたら、誰もが、彼は悪者だ、許せない、どんなに遅くなっても裁かれるべきだと言うだろう。教師という、圧倒的に年齢が上で、立場の強い男が、10代の若い女生徒に迫ったのである。ならば、ハリウッドの権力者であるプロデューサーなり、大スターなりに性的関係を迫られた、当時の駆け出し女優やインターン、新入社員の女性たちも、今からでも事実を言っていいのではないか?Uberのエグゼクティブや、あの監督、あの俳優が、昔の罪がばれて窮地に陥っているのに、自分に被害を加えたあの男を、どうして守ってやる必要があるのだろう?

 今、起きているのは、そういうことなのだ。膿が全部出てくるまで、きっとまだ、これは続くだろう。それは、ハリウッドかもしれないし、政界かもしれないし、ほかの業界かもしれない。どこであったとしても、今となっては必然で、避けられないことなのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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