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ハリウッドのセクハラ騒動:この1年で大きく変わった、業界の対応

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ふたりの女性にセクハラをしたのに今年のオスカーを受賞したケイシー・アフレック(写真:ロイター/アフロ)

 昨年の夏から秋にかけて、ハリウッドは、過去にない状況に直面していた。 オスカー狙い作品の、監督、脚本兼主演俳優に、昔のレイプ疑惑が浮上したのだ。

 問題の映画は、ネイト・パーカーの「The Birth of a Nation」。19世紀のアメリカ南部で奴隷の暴動を率いたナット・ターナーの伝記物で、同年1月のサンダンス映画祭で審査員賞と観客賞の両方を受賞した話題作だ。映画祭中の激しい競売の結果、フォックス・サーチライトが、サンダンス史上最高額の1,750万ドルで配給権を獲得した。同じ頃、オスカーノミネーションが発表され、演技部門の候補20人全員が白人だったことから「白すぎるオスカー」バッシングが起きていただけに、業界は「来年は少なくともこの映画があるから大丈夫」と、多少の安堵を感じていたものだ。春にはパーカーが、興行主のコンベンション、シネマコンで、“ブレイクスルー・ディレクター・オブ・イヤー”を受賞してもいる。

 だが、公開を2ヶ月先に控えた8月、パーカーと、この映画の共同脚本家ジーン・マクジャニーニ・セレスティンが、大学時代、同じ大学の女子学生をレイプした容疑で逮捕されていた件が、メディアに露出した。2001年の裁判で、パーカーは無罪、セレスティンは有罪判決を受け、セレスティンは上訴。次の裁判が行われなかったために、セレスティンも有罪を逃れている。

 この事実は、それまで隠されていたわけではないのだが、パーカーが有名でなかったこともあって、知られていなかったのだった。しかも、パーカー本人もその時初めて知ったことに、被害を訴えた女性は、その後、自殺したというのである。無罪になったとはいえ、訴訟の詳細を読むと、必ずしもそうとは言い切れないのではとの疑問を、ずいぶん感じた。

 それでも、フォックス・サーチライトは、10月の北米公開予定を変更せず、パーカーと映画を支持する声明を発表している。9月のトロント映画祭でも、予定どおり作品を上映した。だが、さすがに神経質にはなっていて、記者会見は、プレスバッジがあれば誰でも入れる映画祭主催のものではなく、スタジオ主催の、スタジオが承認した記者だけが入れる形式に限っている。筆者も出席したのだが、記者からの質問を受け付けるというよりも、司会者がひとりで話し続ける感じで、内容をコントロールしようとしているのは明らかだった。

 映画は結局、大損で終わり、日本でも未公開となっている。オスカーの望みもすっかり絶たれたが、興味深いことに、監督組合賞(DGA)には、パーカーが新人監督部門で候補入りした。

「The Birth of a Nation」のパーカー(右)。写真/Fox Searchlight
「The Birth of a Nation」のパーカー(右)。写真/Fox Searchlight

 それと同じ頃、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で主演男優部門の最有力候補と考えられていたケイシー・アフレックの、過去のセクハラ事件があらためて話題になる。アフレックは、彼が監督した「容疑者、ホアキン・フェニックス」の撮影中、ふたりの女性にセクハラをしたとして、2010年、彼女らに民事訴訟を起こされているのだ。ひとりの女性に対しては、彼女が寝ている間に勝手にベッドに入ってきたとのこと。もうひとりに対しては、ホテルで、彼女が嫌がるのに自分と同じ部屋にとどまれと強要したとのことである。

 しかし、「マンチェスター〜」の北米公開を手がけるアマゾン・スタジオズは、アフレックを前面に押し出したキャンペーンを変更することなく、むしろ、ライバルが羨むほどお金をかけて、これでもかというほど宣伝した。その結果、彼はデンゼル・ワシントンを制して、見事、賞を勝ち取っている。

 つまり、映画の主演俳優が過去にレイプやセクハラで訴えられていても、それらの作品に投資した以上、スタジオはあっさり引き下がることはせず、むしろお金を使い続けたというわけだ。劇場主もボイコットせずに映画を回したし、業界関係者も賞の対象からはずさなかった。「The Birth of a Nation」に対しては、一般人からの反発も出たが、「マンチェスター〜」は、興行面でも成功している。それがたった数ヶ月前の話なんて、まったく信じられない。

お金を損してでも、性犯罪容疑者とは縁を切るのが新しい常識

 先月頭に暴露されたハーベイ・ワインスタインに始まった今回の一連のセクハラ、レイプ騒動において、業界の態度は、まるで違う。しかも、決断のスピードは、日に日に早くなっている。

 ワインスタインが自分の会社ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)をクビにされたのも、アップルがTWCとの共同製作プロジェクトを取り下げたのも、ワインスタインについての最初の記事が出た3日後だった。だが、Netflixとメディア・ライト・キャピタルが、ケビン・スペイシー主演の「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の製作中止を発表したのは、最初の記事が出た翌日である。ブレット・ラトナーに関しては、もっと早い。彼のプロダクション会社と契約し、スタジオ敷地内にオフィスまで構えさせていたワーナー・ブラザースは、報道が出て24時間もたたないうちに、彼の会社との関係を断ち切り、オフィスから追い出している。

 アメリカ時間9日に報道が出たルイス・C・Kに及んでは、報道より先に動きが出た。彼の監督作「I Love You, Daddy」を北米公開するジ・オーキッドは、「New York Times」に彼についての記事がすぐにでも出るとわかったことから、プレミアを当日にキャンセルしているのである。記事が出た当日には、映画の公開中止を発表。彼の番組を放映する、あるいは彼とのコラボ番組の製作を予定していたFX、HBO、Netflixも、24時間以内に彼との関係と切った。

 違いは、ほかにもある。「The Birth of a Nation」のトロント映画祭での会見には、キャスト全員が揃って参加していた。若い頃、安売り靴店で働いていた時に、強盗に入った男からレイプされたガブリエル・ユニオンまで、映画をサポートのために出てきたのだ。だが、「I Love You, Daddy」に出演するクロエ・グレース・モレッツは、C・Kについての事実がわかり始めたプレミアの2週間前に、映画のプロモーション活動に関わるのをやめている。また、ジ・オーキッドは、9月のトロント映画祭で、500万ドルを払ってこの映画の配給権を獲得したのに、それをみすみす捨てることを躊躇していない。フォックス・サーチライトが「The Birth of a Nation」に払った金額よりは安いとはいえ、会社としては、ジ・オーキッドはずっと小さく、しかも配給会社としては駆け出しなのに、である。

 スペイシーが出演するリドリー・スコット監督作「All the Money in the World」を製作配給するソニー・ピクチャーズも、相当なお金を使ってでもスペイシーを作品から切り離すという決断を下した。映画はすでに完成し、来月22日の北米公開を待つ状態にあったのだが、公開日をキープしつつ、今からスペイシーの部分をクリストファー・プラマーで撮り直すというのである。これをやるとなると、プラマーや大勢のクルーに新たなギャラが発生するほか、すでに出来上がって配布していた宣伝材料も作り直さないといけない。さらに、賞狙い作品ならではの犠牲がある。ソニーは来月15日までには新しいバージョンが完成するとしているが、それだと、ゴールデン・グローブや映画俳優組合賞(SAG)のノミネーション発表に間に合わないのだ。そうわかっていても、スペイシーとの関係を切ることのほうが大事だったということである。

 実際、業界サイトには、「よかった。でなければ僕はこの映画をボイコットするつもりだった」などといったコメントが出ている。映画は永遠に残るものだし、労力とお金を使っても、将来ずっと「事実を知っていながらそのまま出した作品」と覚えられるのは避けたかったということだろう。

ウディ・アレン、ポランスキーらは放っておいていいのか

 ぎりぎりセーフでオスカーをせしめたアフレックについて、「彼からオスカーを取り返すべきだ」という声も、ちらほらと聞かれる。しかし、おそらくそれは起こらないだろう。それ以前に、もっと深刻な疑惑のあるロマン・ポランスキーやウディ・アレンの問題があるからである。ポランスキーは、今もアカデミー会員。アレンは、「映画という芸術に優劣をつけるのは不可能」という信条から、何度となく招待を受けても断っているせいで会員ではないものの、オスカーは4つ受賞している。

 ポランスキーは、1977年、当時13歳の少女に性的暴行をした疑いで逮捕され、司法取引に応じたが、判決前に国外逃亡をした。その後、フランス国籍を取得し、今も映画を作り続けているばかりか、2003年には「戦場のピアニスト」でオスカー監督賞を受賞している。

 アレンは、ミア・ファローと婚約していた1992年、当時7歳だった義理の娘ディラン・ファローに性的暴行をした疑いがもたれている。ミアは即座に彼と別れ、裁判沙汰になったが、証拠不足とされた。しかしディランの兄でアレンの義理の息子であるローナン・ファローは妹を信じており、アレンと絶縁。ジャーナリストになった彼は、昨年、ハリウッドはなぜ今もアレンに映画を作らせ続けるのかという記事を「The Hollywood Reporter」に寄稿している。ワインスタインがセクハラだけでなくレイプもしていたこと、また、情報が外に漏れるのを避けるためにプロのスパイまで使っていたことなど、詳細な暴露記事を「New Yorker」に書いたのも、彼だ。

 先月末も、ポランスキーはパリで行われた自分のための回顧上映会に出席したし、アレンの最新作「Wonder Wheel」は、来月1日、北米公開される。彼らはこのまま、「やっていません」「どっちにしても、もう時効です」で通しきるのだろうか。ローナンは、アレンにそれを許すのか。

 最新作の公開日は、アレンの82歳の誕生日。ポランスキーは、84歳である。ふたりにとって、人生の終わりは、そんなに遠くない。だが、時代の流れは加速を続けている。過去と時代の追いかけごっこは、始まっているかもしれない。彼らの伝説は、まだ、書き終えられてはいない。優れた脚本家である彼らにとっては悔しいことに、これに関しては、彼らは触ることを許されないのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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