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ハリウッドのセクハラ騒動:これまでに、誰が、何を失ったのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ケビン・スペイシーの次回作は、公開直前ながらクリストファー・プラマーで再撮される(写真:ロイター/アフロ)

「僕のあこがれは、断然、ケビン・スペイシーだよ。どんな役でもこなせる、すごい俳優だもん。『セブン』も、『ユージュアル・サスペクツ』も、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』も、『ベイビー・ドライバー』も見た。僕は本当に彼が大好きなんだ」。

 トッド・ヘインズの最新作「ワンダーストラック」(来年日本公開予定)に出演するジェイデン・マイケルは、先月8日、筆者とのインタビューで、そう熱く語っていた。もし、今、あらためて「共演してみたい俳優は」と聞いたら、彼は間違いなく違う名前を挙げるだろう。それどころか、スペイシーと共演するはめにならなかったことに、彼と彼の母は胸をなでおろしているかもしれない。マイケルは14歳。アンソニー・ラップがスペイシーに性的関係を迫られた時と、同じ年齢なのだ。

 長年にわたるセクハラ行動が暴露されたことで、スペイシーは、業界内外で大勢のファンを失った。今週、新たに加害者リストに加わったベテランコメディアンのルイス・C・Kも同じだ。だが、彼らが失ったものは、それだけではない。

 当然のことながら、より成功している人のほうが、失うものも多い。毎日のようにリストに名前が増え続けていく中、今までに、主に誰が、誰に、何をして、何を失ったのかを、いったん整理してみよう。

「ワンダーストラック」のジェイデン・マイケル(左)写真/Roadside Attractions
「ワンダーストラック」のジェイデン・マイケル(左)写真/Roadside Attractions

ハーベイ・ワインスタイン  ミラマックス、ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)共同創設者

 すべての始まりは、この人 。ハリウッドで最もパワフルなプロデューサーのひとりで、オスカーをわがもの顔にしてきた人物は、過去30年に、セクハラだけでなくレイプも行ってきていたのだ。

 被害者を脅したり、社員に秘密保持契約を結ばせたりするだけでなく、プロのスパイまで使って秘密を守りとおしてきたが、先月始め、ついに「New York Times」と「New Yorker」に暴かれる。これまでに名乗り出た被害者は、グウィネス・パルトロウ、アシュレイ・ジャッド、ローズ・マッゴーワン、アンジェリーナ・ジョリー、ミラ・ソルヴィーノ、アーシア・アージェントなど、80人以上。ロンドン、ビバリーヒルズなどで新たなレイプ被害者が警察に名乗り出て、刑事事件としても捜査が始まっている。

 事実発覚を受けて即、彼は、自分が作った会社TWCを解雇された。映画アカデミー、英国アカデミー、テレビアカデミー、プロデューサー組合からは除名され、フランスのレジオンドヌール勲章も取り上げられる。彼がプロデュースした新しい映画やテレビ番組からはクレジットがはずされることになり、あるカナダ人女優は、彼とディズニー(彼女がレイプされた2000年、ミラマックスはディズニー傘下にあったため)に対し、400万ドルを求める民事訴訟を起こした(原告の女性の名前は明かされていない)。今後、別の訴訟が起こる可能性も、十分ある。

 現在、彼は、アリゾナでセックス中毒の治療を受けているという。彼の妻でファッションデザイナーのジョージナ・チャップマンは、離婚すると発表している。

ケビン・スペイシー  俳優、プロデューサー

 オスカーを二度受賞し、イギリスのオールド・ヴィック・シアターの芸術監督も務めた演技派俳優の本性を暴露したのは、現在「スター・トレック:ディスカバリー」に出演中のアンソニー・ラップ。スペイシーに迫られた時、ラップはまだ14歳だった。以後、リチャード・ドレイファスの息子ヘンリー(当時18歳)や、ボストンの元ニュースキャスター女性の息子(当時18歳)、映画監督のトニー・モンタナなどが、彼に体を触られたなどしたと告白した。ある40代の匿名男性は、15歳の時、彼にレイプをされそうになったと語っている。被害者には、ほかに、劇場関係者、バーテンダー、撮影現場のクルーなどがいる。

 Netflixは、最初の報道が出た直後に、「ハウス・オブ・カード〜」第6シーズンの撮影を停止した。プロデューサーらは、彼のキャラクターを殺して話を続けるかどうかなど、今後の可能性を話し合っているらしい。

 スペイシーが所属してきたハリウッドの大手タレントエージェンシーCAAも、彼をすぐさま追放。パブリシストからも切られた。国際テレビアカデミーから授与されるはずだった功労賞の話もなくなり、彼のオンライン演技講座も削除されている。

 今月のAFIフェストでプレミア、来月22日に北米公開予定だったリドリー・スコット監督の「All the Money in the World」は、AFI出品をキャンセル。公開予定日はキープしつつ、スペイシーの役をクリストファー・プラマーに変えて再撮すべく、大急ぎで動き出した。すでに完成している映画を、俳優を入れ替えるために作り直すというのは、前代未聞のことだ。

 スペイシーは、診断と治療のために休養すると声明を発表している。

ブレット・ラトナー  映画監督、プロデューサー

「ラッシュアワー」「X-MEN:ファイナルディシジョン」「レッド・ドラゴン」などの監督で、「レヴェナント:蘇えりし者」「ブラック・スキャンダル」などのプロデューサーを務めたラトナーにセクハラを受けたと名乗り出た女優には、オリヴィア・マン(『マジック・マイク』)、ナターシャ・ヘンストリッジ(『隣のヒットマン』)などがいる。これを報道したのは「L.A. Times」。記事を読んだある女性は、12年前、自分は彼にレイプされたとフェイスブックに投稿した。彼女は元マーケティング関係のエクゼクティブで、現在はハワイに住んでいる。これに対し、ラトナーは名誉毀損で訴訟を起こしたが、それに負けず、彼女は、ラトナーの犠牲者に「名乗り出ましょう」と呼びかけた。今週には、別の29歳女性が、2001年に彼から性的暴力を受けたとして、警察に届け出ている。

 最初の報道が出たすぐ後、ラトナーのプロダクション会社ラットパックと業務提携を結んでいるワーナー・ブラザースは、彼との関係を打ち切り、ワーナーの敷地内にあった彼のオフィスからも追い出した。ラットパックとワーナーの契約は、来年春に更新を控えているが、ワーナーは更新をしない方針だ。また、ラトナーは次に、プレイボーイの創設者ヒュー・ヘフナーの伝記映画を監督することになっていたが、プレイボーイ・エンタープライズは、企画をストップしたと発表している。

ルイス・C・K  コメディアン、俳優、映画監督

 スタンドアップコメディアンで、「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」「ブルージャスミン」などの映画にも出た彼が女性にセクハラをすることは、長い間、コメディアンのコミュニティでは知られていたという。しかし、「New York Times」の記事で世間がそれを知ったのは、アメリカ時間9日のことだ。記事の中では、女性コメディアンら5人が、彼が自分の目の前でマスターベーションをするなどしたと告白している。

 それから24時間のうちに、彼が監督する映画「I Love You, Daddy」の北米配給会社が、公開中止を発表。HBOも今月18日放映予定の特別番組「A Night of Too Many Stars」から彼をはずし、FXチャンネルも彼との業務提携を破棄した。Netflix、TBSチャンネルも、製作予定だった番組をキャンセル。彼は昨年の大ヒットアニメ「ペット」に主人公の犬マックス役で声の出演をしていたが、ユニバーサルとイルミネーションは、続編から彼を解雇している。エージェント、マネージャー、パブリシストからも縁を切られた。

 ひとつ特筆すべきは、ほかの多くの男性が容疑を否認したり、情けない言い訳をしたりしたのに違い、彼は「この女性たちの言っていることは本当です」と潔く認めたことだろうか。

エド・ウェストウィック  俳優

 若者向けドラマ「ゴシップガール」以来、 アメリカであまり注目されていない彼は、レイプ容疑者という不名誉な形で再び脚光を浴びることになった。最初に名乗り出た被害者は、女優のクリスティーナ・コーエン。次に、元女優のオーレリー・ウィンも、彼にレイプされたとフェイスブックで告白した。告白後、ふたりはL.A.の警察に届け出ている。いずれの事件も2014年で、まだ時効前だ。

 ウェストウィックは容疑を否認しているが、BBCは、彼が出演するホリデーシーズンの特別ドラマ「Ordeal by Innocence」の放映中止を決定。彼が出演する「White Gold」の第2シーズンは今月撮影開始しているが、こちらも、この件が解決するまで彼の出演は取りやめるとのことだ。

 ひとりの女性からレイプ、ふたりからセクハラで告発されているジェレミー・ピヴェン(『アントラージュ★オレたちのハリウッド』)に関しては、CBSチャンネルが、彼の出演するドラマ「Wisdom of the Crowd」について「どうするか話し合っている」とのことである。ほかに、ここ数日に名前が浮上し、場合によっては大きな代償を払うかもしれない人物に、「MAD MEN マッドメン」のクリエーターでテレビ界の超大物であるマシュー・ワイナーや、「トランスペアレント」でエミーを受賞したジェフリー・タンバーなどがいる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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