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「ダンケルク」のマーク・ライランス:あの人物の気持ちは、日本人にはわかるかも

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ダンケルク」でミスター・ドーソンを演じたマーク・ライランス(写真:Shutterstock/アフロ)

「ダンケルク」で民間船を操縦して兵士たちの救出に向かう一般人男性を見て、「どこかで見たことあるかも」と思った人は多いのではないか。彼の名は、マーク・ライランス。昨年のオスカーで助演男優賞を取った英国人俳優だ。

 現在57歳の彼がハリウッドの超大作に出るようになったのは、オスカーにつながった「ブリッジ・オブ・スパイ」から。この映画での演技を心から気に入ったスピルバーグは、すぐさまその後の「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」の主演をオファーする。来年公開のスピルバーグ作品「Ready Play One」と、その次に彼が撮る予定の「The Kidnapping of Edgardo Mortara」にも、出演が決まっている状態。もはやスピルバーグはライランスなしで映画を撮らないのかと思えるほどだ。

 立て続けにメジャー映画に出るようになる前には、舞台ですばらしいキャリアを築いてきた。トニー賞は3度、オリビエ賞は2度受賞。シェイクスピア・グローブ座の芸術監督を10年間にわたって務めてきてもいる。今も舞台の仕事に忙しく、「ブリッジ・オブ・スパイ」で数々の賞にノミネートされた時も、キャンペーン活動をいっさいせず、授賞式もオスカー以外はほとんど欠席した。

 それだけに、彼の受賞は、アワード予測の専門家を驚かせている。ほかで次々に助演男優賞部門を獲得し、オスカーでも最有力とされていたライバルのシルベスタ・スタローンは、あらゆる場に姿を現しては投票者に愛想を振りまいていたのに、肝心のところを逃したのだ。ライランス本人はまったく意識していなかったのだろうが、オスカーにおいてお金をかけた効果的なキャンペーンがいかに重要か熱く語られる中での彼の受賞は、 業界にある種のメッセージを送ることになったのである。

 クリストファー・ノーランが「ダンケルク」のミスター・ドーソン役を彼にオファーしたのは、オスカーより前。ノーランは、「その後に彼の格がさらに上がってくれたというわけ」と笑う。ノーランもまた、レッテルに惑わされない人だ。

 トレードマークは、帽子。L.A.で行われたこのインタビューには、ポロシャツに短パンというカジュアルな服装で現れた。会った瞬間に優しい人だと感じさせる、独特のオーラをただよわせる彼は、おっとりしながらも、明確な言葉で答えてくれる。話を聞くかぎり、彼は今作をとても気に入っているようだ。

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ノーランが「ダンケルク」の企画をスタジオに持ちかけた時、アメリカ人はこの歴史についてほとんど知らないので、何度も説明しないといけなかったと言っていました。イギリスでは誰もが知るこの出来事が、ほかの国ではあまり知られていないことは、あなたにとっても驚きでしたか?

 どこの国も、自分の国に都合のいい部分の歴史を好むものだよね。アメリカ人は、イギリスを独裁主義者の脅威から救ったことを誇りに思っていると思う。だが、参戦するのに時間がかかったことについては、そうではない。それもわかるよ。第一次大戦からそんなに時間が経っていないのに、また戦うことにアメリカは乗り気になれなかったんだ。そういうこともあって、アメリカでこの話は知られていないんじゃないかな。

あなたはずっと海の上で撮影したわけですが、気分が悪くなったことはありましたか?

 海のほうが僕らに気分が悪くなったんじゃないか(笑)? 船酔いしないよう、僕はできるだけ船のデッキにいて、下には降りないようにしていたよ。撮影はとてもリアルで、それは演技の上で助かった。だけど、空には飛行機が飛んでうるさかったし、火やら水やらのアクションがあるから、セットアップに長い時間がかかり、その分、待ち時間も長かったよ。

  映画では、海に僕らしかいないように見えるが、あれはまさに映画のマジック。万一、誰かが落ちた時のために、僕らのまわりには、救援ボートがたくさんいたんだ。12隻とか、15隻もね。幸い、事故はひとつもなかったんだが、カメラを回す前、クリスはいつも、「このシーンではこんなふうにカメラが動くから、そこにいる船はどいてください」と言っていた。

ミスター・ドーソンがどんな人で、どこからきたのかということについて、映画では説明されません。あなたの中では彼の人物像を、どう作り上げたのでしょうか?

 この映画は、観客をそのどまんなかにぶちこみ、 体験してもらうことを狙っている。それはすばらしいと僕は思った。今作で、ミスター・ドーソンの背景については、誰も知らない。観客は、それぞれに、いろいろな想像をするだろう。そのどれもが、意味をなすはずだ。

 僕自身は、彼を農家の人だと考えた。普段、土を相手にしている人が、そこからとても遠い海という空間にいるのは、おもしろいと思ったからさ。彼の家は農業で成功してきて、それで船を相続したのではと僕は考えたんだ。

 だけど、後ろのポケットから人参がぶらさがっているようなあからさまなことはしないよ(笑)。シェイクスピア劇でも、演じる側はどこまで知っているべきで、逆に観客にはどこまで知らせるのかの違いがある。映画においても、僕は毎回、観客に想像してもらう余地を残す。そのためにはどこまで隠すのかを考えなければならない。

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彼にとって大きな悲劇が起こった時、彼はその動揺を表に出さず、そのことについて口を閉ざします。(警告: ネタばれにつながる可能性があります)

 イギリスは、小さな島国。そこに多くの人が住んでいる。ほかの国みたいに、自分だけの空間というのがもてない。だから、自分で自分の空間を作り、保たないといけない。日本も、そうだよね?台湾も、そうかもしれない。僕らは、プライベートな人たちなんだ。あの時代のイギリス人は、今よりもっとプライベートだった。感情を表に出さなかった。僕の信じるところでは、あの時代の人は、自分の思うことを他人に押し付けることをしなかったんだ。それに、ミスター・ドーソンは、あの人がPTSDを抱えていることもわかっていた。小さな村で育った僕だって、第一次大戦の PTSDに苦しんでいる人を知っていたよ。そんな人に罰を与える必要はない。

今作を見て、あなたはどんな感想を持ちましたか?

 クリスが今作でやったことは、天才的だと思う。彼は、少年も見に来られる映画を作ったんだ。コミックブックで彼のファンになった子が、見られる映画を。

 今作には、目を背けたくなるようなバイオレンスはない。だから、13歳の子が見てもいい。そこに大きな意義がある。次に戦争が起こった時、行くのはこの子たちなんだから。生き残るのは、簡単じゃない。戦争は、かっこよくもなければ楽しくもない。それを、映画を通じて彼らに実感してもらうというのは、すごく貴重だと、僕は思うよ。

場面写真:2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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