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「この世界の片隅に」がアメリカで公開に。批評家の評価は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A. Timesは、ひとつの紙面の半分のスペースを割いて批評を掲載

「この世界の片隅に」が、現地時間11日(金)、アメリカで公開となった。限定都市のみの公開のため、批評を掲載しているメディア自体が少ないのだが、批評家の感想を統計的に見るrottentomatoes.comの点数は、97%。4月にもっと大きな規模で公開された「君の名は。」の98%にはやや劣るものの、これは相当に良い。しかし、個々に読んでみると、絶賛だらけというわけではない。

 最も高く評価しているのは、「L.A. Times」。同紙のトップ批評家ケネス・トゥーランは、片渕須直監督が4,000枚以上の写真を集め、当時の広島と呉の様子を徹底的にリサーチしたことに触れ、「緻密に手で描かれたすばらしいビジュアルに感動させられる。それらはリアルで、まるで魔法のように、最も普通の状況をも美しく見せてしまうのだ」と書いている。ストーリーについても、「すずの話が自分のことのように思えてしまい、映画の最後で手を振る時に、まるで友達に対してそうするかのように、思わずこちらも振り返してしまいたくなる」と評価。「急がないペースでありつつも、引き込む力を持った今作は、私たちを1933年から1946年の日本に連れて行く。そして、誰も望んでいなかった戦争のせいで人生がひっくり返った時ですら、人がお互いを助け合う、秩序ある世界を見せてくれるのだ」とも褒めた。

「New York Times」は、「この映画の最も大きな魅力は、戦時中の日常の描写にある。すずが着物姿からもんぺ姿になったり、少ない配給を最大限にもたせようとしたり。病院に義父を訪ねて行くと、そこでは『ムーンライト・セレナーデ』が流れていて、晴美が『これは敵の音楽なの?』と尋ねたり」と書いた。しかし、「家がとても細かく描かれているのに、すずの描き方が大雑把」とも書いている。

 トゥーランはゆっくりしたペースをいとわなかったが、異なる意見もある。「San Francisco Chronical」は、「129分は、アニメ映画には長すぎる。ビジュアルがすかすかで、話もそんなにない映画なら、なおさらだ。半分も見たころには、観客は早く戦争が始まってくれないかという矛盾した思いをもつかもしれない」としつつ、そこは日米の文化の違いかとも言う。すずたちが敗戦を知るシーンについても、「アメリカ人だったら、ほっとした、あるいはあきらめた、悲しい、という反応をするだろうが、すずは、まるで自分ひとりでも米軍に立ち向かってやるとでもいうように激怒する 。当時、最後のひとりになっても戦う人々として知られ、恐れられた日本人の性質が垣間見える、興味深いシーンだ」と述べる。

 業界サイトthewrap.comは、「第二次大戦をまっすぐ語ろうとする部分ではちょっと弱いが、戦時中の若い日本人女性の様子を知るという意味では、おもしろい。最後は感傷的になるが、それでも、そこまでに起こった、笑わせてくれたり、感動させたりしてくれたシーンを忘れさせることはしない」、indiewire.comは、「最初から最後までまとまりがないが、死の危険の中で、ただ生き残るだけでなく、ちゃんと生きるというヒロイズムをここまで伝えた映画は、めったにない」と述べた。また、「ありがたいことに、これは『ライフ・イズ・ビューティフル』ではない。逆に、あまりに静かな形で語るので、何が起こったのかという基本的な部分がわかりづらかったりする。すずが、爆弾のせいで彼女にとってとても大事なあるものを失った時ですら、 その恐怖があまりにも静かに、内向的な形で語られるので、たいしたことがなかったかのように思えてしまう」とも書く。最後は、北朝鮮問題でまた核の恐怖が迫っている現状に触れ、これがタイムリーと感じられるのは残念と述べた。そして、そんな中だからこそ、今作は、「わびしい状況にあっても、なんとか美しいものを探し出すことは難しくないのだと思い出させてくれるのだ」との言葉で締めくくっている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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