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ダニエル・デイ=ルイス、60歳にして引退宣言。3つのオスカー、多数の逸話

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「リンカーン」で3度目のオスカーを受賞したダニエル・デイ=ルイス(写真:ロイター/アフロ)

スクリーンから、偉大なる人物が消える。ダニエル・デイ=ルイスが、引退するというのだ。

彼の最後の作品は、今年のクリスマスに北米公開が予定されているポール・トーマス・アンダーソン監督作。彼のパブリシストは、西海岸時間20日(火)、「ダニエル・デイ=ルイスは、この後、もう俳優としてのお仕事はしません。長年の間、一緒にお仕事をさせていただいた方々と観客のみなさんに、 心から感謝しています。これは個人的な決断で、本人も、パブリシストも、今後、この件についてはコメントをいたしません」との声明を発表した。

デイ=ルイスは、まだ60歳。ハリウッドでは、男優ならばまだまだ活躍できる年齢だ。しかし、もともと彼は、決して次々に映画に出てきたタイプではない。「ボクサー」(1997)の後は、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002)まで5年間、何にも出ていないし、その後も2、3年に1本のペースだ。

その事実を考えると、 主演男優部門でオスカーを3度受賞した唯一の俳優となったのが、ますますすごいことに感じられる。最初のオスカーは、ジム・シェリダンの「マイ・レフトフット」 (1989)。2度目はアンダーソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007)で、3度目はスティーブン・スピルバーグの「リンカーン」(2012)だ。アメリカ大統領役でオスカーを受賞した俳優は、彼が初めてである。

役に浸りきる“メソッド・アクター”として有名。出演作の数だけ、彼に関する逸話がある。

重度の脳性小児麻痺を持って生まれた男性を演じる「マイ・レフトフット」では、撮影中、一度も車椅子を降りず、食事もクルーからスプーンで食べさせてもらった。「ギャング・オブ・ニューヨーク」の撮影中は、怒りを保つためにエミネムの音楽を聴き、ランチの間はナイフを研いでいたという。撮影中、体調を崩し、衣装のコートをもっと暖かいものに変えようと言われた時も、「この時代にそんな暖かいコートは存在しなかった」と拒否したそうだ。「父の祈りを」のためには13キロ体重を落とし、刑務所で時間を過ごした。撮影中は、クルーに、自分に対して暴言を吐きつつ冷たい水を浴びせかけてくれと頼んでいる。

ロブ・マーシャルのミュージカル映画「NINE」では、キャラクターに浸ったまま、共演者に手紙を書いた。「『君のあの歌は、すばらしかったよ。グイドより、愛を込めて』という短い手紙よ。彼は、ダニエルではなくグイドとして、それを書いたの。もちろん私は今も大事にそれを持っているわ」と、ニコール・キッドマンは、当時、記者会見で語っている。 ケイト・ハドソンも、「ダニエルは、カメラが回っていない時も、絶対にキャラクターから抜け出さないの。それに、自分とは関係がないリハーサルであっても、必ず現場に来ていたわ」と明かした。デイ=ルイスの並外れた情熱と努力ぶりを見て、キッドマンとハドソンは、「これを仕事にできる自分たちは幸せなのだと、改めて感じさせられた」そうだ。

妻レベッカ・ミラーとは、「クルーシブル」の準備で劇作家アーサー・ミラーを訪れた時に、娘だと紹介されて知り合った。彼女との間に息子がふたりいるほか、過去の恋人イザベル・アジャーニとの間にも、今年で22歳になる息子がいる。手先が器用で、 靴職人として生計を立てていけるほどの腕前ももつという。引退後は、農場で手先や体を動かす作業をしつつ、家族ともっと時間を過ごすのだろうか。

ファンとしてはとても残念なニュースだが、将来、彼が考えを変えないともかぎらない。実際、そういったケースはほかにもあるのだ。スティーブン・ソダーバーグは、「サイド・エフェクト」(2013)で映画監督を引退すると宣言していたが、ダニエル・クレイグ、ヒラリー・スワンク、アダム・ドライバー、チャニング・テイタムら豪華キャストが揃うこの夏北米公開予定の「Logan Lucky」で復帰している。最近はまた、「幸せの始まりは」(2010)を最後に引退生活に入っていたジャック・ニコルソンが、「ありがとう、トニ・エルドマン」のハリウッドリメイクに出演を決めた。

いずれにしても、まだ、最後の1本がある。 「Phantom Tread」(このタイトルで決定ではないようである)は、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のコンビとあって、完成前から期待が寄せられている作品だ。もしかしたら、来年のオスカーで、また彼にお目にかかれたりするかもしれない。4つめのオスカー像を手にして、華やかなる幕引きをすることになったりしたら、あまりにもかっこよすぎる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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